レビュー - modo実践チュートリアルビデオ インテリア編 その2

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前回のレビューから随分と経ちましたが、ようやく完成です。

左がイラディアンスキャッシュを使用したもので14分くらいです。

右がモンテカルロでレンダリングしたもので、間接レイを4096にして1時間くらいです。

モンテカルロではアーティファクトと呼ばれるノイズは出ないようですが、全体的に極端なノイズが入るようです。

しかも時間がかかる、、もっと良い方法があるのでしょうか?

しかし、やはり画面にメリハリが出ていい具合です。

今回のムービーはモデルングの要素が少ないとは言え、やはり凄いです。細部のこだわりを感じます。

ライティング、レンダリングに比重が置かれていて大分理解が進みます。

もっと早くにちゃんとやっておけば良かった、、

レンダリング関係のスクリプトを作ったのですが、相変わらず人のものを切り貼りして作っているので公開するわけには行かないようです。

もっと知識を付けて自前で作れるようにならないとなぁ、と感じてしまいます。

そういえば、随分前に紹介した「401 Rendering Techniques」というチュートリアルビデオを販売していた会社の方か知りませんが、

Luxologyのフォーラムで501用のスクリプトを作っている。というような内容の物がありました。

やはり有料なのでしょうか?ちなみに自作のスクリプトは401のビデオについてきたスクリプトのコードをパクって作ったものです。

ちゃんとしたものをタダで貰えるのならばそれに越したことはないのですが、それは贅沢ですね。

modo501その9 – 肌の質感

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うーんやっぱり難しい、、

501になり、カラーパレットがとても使いやすくなりました。地味な機能ですがとても重要です。

結論としては、単色ではどうやっても限度がある。という当たり前のものに行き着きました。

しかしこうやって改めてモデルを見てみると、色々と粗が気になります。

もう一度シンメトリーの状態からちゃんと作って、テクスチャも描いてあげないとなぁ、などと思ってしまいます。

そうなると毛も作らないといけない、、うーんちょっと気が遠くなる。

ちょっと時間があったので、以前購入したhibiさんのチュートリアルビデオを進めています。

ただ見るだけと、実際にやってみるのとでは身の付き方が違います。当たり前ですが、、

今回のものは相当速く進行するので、中々大変です。

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まだモデリングが終わったばかりです。

改めてmodoは建築、プロダクトに向いているのだなぁ、と痛感させられます。

うーん、もっとSDSモデリングもやりたいなぁ、相変わらずフラフラとしております。

HeadTest

今更恥の上塗りですが、人肌テストしたデータを上げておきます。恐らく501でないと読み込めないかと思います。

ZBrushから持っていったディスプレイスメントマップが入っているので少し重いです。圧縮ファイルで6MBくらいかと思います。

マテリアルに二つマテリアルがセットされており、白人と黒人の切り替えができます。

何かの参考にしていただければ幸いです。

そういえば、前回からIE9をインストールしてみたのですが、Sleipnirから書き込みができなくなりました。

FireFoxで書いてみましたが、改行を無視されました。今回はGoogle Chromeから書いていますが、どうなることやら、、

うーん、困った。

雑記54 – 物の名前

物の「真の名前」を知ることは、その物の支配に通じる。

と、西洋文明では言われます。

日本でも、陰陽師と呼ばれる人たちは相手から呪(しゅ)を掛けられることを避けるために本名を明かすことはしませんでした。

果たしてこれが意味することはなんだろう?と考えてみました。

また養老孟司さんを引き合いに出してしまい申し訳ないのですが、以前どこかでこんなことを書かれておりました。

そもそも解剖学というものは世の中に名前が付けられていないものは人間の体の内部だけとなり、その目的で発展した。

だったかと思います。

そして、その矛盾点として人間の体の内で、明確に区分できるところというのは割合少なく、勝手な定義による分断が行われた。

それは線を無限に分断してゆく作業に似ているように思います。

端的な例では、胃と食道というのは弁という構造で明確に別れてはいるが、胃に近い食道部分の細胞は胃の細胞で構成されており、

機能的に見ると胃であることが分かるそうです。

ここでも、構造という視覚的な観点からの区分けが機能的、運動的なものを省いてしまっています。

人間が物に名前を付けるのは、整理し理解する。という行動の一つかと思います。

そして、その知識が土台となり人は地に足を付けて物事を考えているように思い込み、錯覚します。

地に足を付けて安定する。ということはそれに拘束されて考えの幅を狭める。という逆説的な効果も生み出します。

敬虔な宗教者は優れた人格を持ちますが、同時に拘束されている。ともいうことが出来るかと思います。

人は地に足をつけたがる性質があるので、それらを求める。という事もできるかと思います。

量子力学においては、電子の位置を特定しようとすると運動が分からなくなり、運動を特定しようとすると位置が分からなくなります。

電子という微細なものを検出するのにγ線などを当てると、電子はすっ飛んでしまいます。

知覚する、という動作が対象物に影響を及ぼす。これは呪術でしょうか、科学でしょうか。

ミクロとマクロは別物とするか、マクロもミクロで構成されているものと考えるか。考え方により変わってきます。

自然科学者と呼ばれる人たちはそれ以前、哲学者と呼ばれていました。

ギリシア哲学は、紀元前五百年頃の人タレスを祖にしている。といわれます。

いつも考えにふけっている彼は、ある日川に落ちたそうです。それを、からかわれ、哲学なんて何の儲けにもならない事をしているからそうなるんだ。と言われたそうです。

哲学こそがこの世を理解する物だ、との確信を持っていた彼は、その後二年間の歳月をかけ気象や天体を観測し、小麦の豊作を予測しました。

そして彼は街中の製粉機を借りたそうです。実際に小麦が豊作となり、皆が製粉機を借りに来たので大儲けしたそうです。

また彼は、太陽は天空に浮かぶ岩石に過ぎない。とも喝破しています。

その後科学は唯物論とつながり、さらなる発展をしてゆきます。

唯物論と科学が仲が良いのは、ニュートンがプリズムによる光の分光を見つけた事を引き合いに出すと分かりやすいかと思います。

かれは白い光は、それ以外の色の光が合わさることで白くなる。要するに全体は部分の構成に過ぎない。と結論しました。

それに対して、同時期にゲーテも光の観測をしています。

そして彼は、全体というものは部分の総和以上のものがある。と結論づけました。

物にはその物を構成する本質的な要素がどこかにある。と考えたのです。どちらかというとプラトン的な考えだと思います。もちろんほぼ無視されました。

今後の人類の発展は科学的なのでしょうか?非科学的なのでしょうか?それとも非線形科学?

まぁ、先のことは分からない。

雑記53 – 意識と水

寄せ集めた知識を元に、勝手に考えたことを書いてみます。

 

以前生前記憶、というものを書いた人の本を読みました。表題は忘れてしまいました。

前世、と呼ばれるものではなく、産み落とされる前の胎児の記憶です。

 

その方は三島由紀夫の胎児記憶に触発されて、それまで周囲から否定され続けて自分でも忘れていたが、それがあったことを思い出し本にしたそうです。

別段信じているわけでも、否定するわけでもありませんが、面白い部分があったので書いておきます。

 

その方は人間の本質的な部分を胎児の記憶に照らし合わせて考えていました。

例えば、初めは気がつかなかったが手があることに気がついて、それを使って上から下に手を振ることで羊水がかき混ぜられ、

それが背中を流れる感じがとても心地よく面白かったそうで、手とは遊ぶためにあるものだ。と、その時解釈したそうです。

 

にわかに信じがたいことですが、お腹にいる時間が大分たった頃には、母親が移動していることを感じ、建物の二階部分に住んでいることも分かったそうです。

出産時には、大きな生命体の中にいることに気が付き、生まれでたときにそれに踏み潰されないよう、逃げる手段も考えていた。等と書かれていたように思います。

 

そして、その中で最も自分の気になった部分は、意識を始めて感じたとき。というものでした。

頭の中、頭蓋骨の中に水滴が落ちるのを感じて、ぼんやりと目が覚めた。と言うようなことを書かれておりました。

そこから、聖水とは元々頭蓋骨に注がれていた物で、その記憶が元になっているのだろう。とあったように思います。すみません、相変わらず不確実です。

 

そして、以前テレビで見ましたが、面白いことに局部麻酔の原理は分かっているそうですが、全身麻酔の原理は人類は知らないそうです。

全身麻酔は人の意識を奪います。人により効果が異なり、微量でも間違えると大事となるため、現在でもリスクを伴います。

その全身麻酔を発明した人も、恐らく脳に対する水の分量が意識に何かしらの影響を与えているのだろう。というところまでは分かったそうです。

 

脳を持つ生命体において、脳という部位は他の部位とは明らかに違う保護のされ方をしています。

生きている猫の血液中に染料を注射し、しばらく放置してから殺して解剖すると、どの臓器も染められているそうですが、脳だけは全く影響されていません。

そもそも一つの臓器を守るのに骨格で完全に覆われている部位はありません。余程大事なことが分かります。

 

そして、最近になり脳神経細胞にはアクアスポットと呼ばれる無数の穴が空いていることが分かったそうです。

その名が示すとおりに水しか通さないそうです。

それを発見した人は、水が脳神経細胞に大きな影響を及ぼす。ということを改めて見出したそうです。

 

テレビを見ていて、あぁ、繋がるなぁ。などと思ってしまったのですが、いかがでしょうか?

 

水があるから意識が生じるのか、意識があるから水を必要とするのか、恐らくどちらともそれなりに、という事だと思いますが何とも面白いものです。

今後の研究が楽しみです。

modo501その8

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ついつい肌の質感を試してみたくなってしまいました。相変わらず中々うまくゆきません。

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白人バージョンです。まだこっちのほうが良いように思います。

スペキュラがまずいのかな?

 

前回プリセット内でライトのターゲットの説明が間違えていたようです。

正しくは、任意のライトを選択してからロケータを選択して、コンストレイントのようです。

しかし、401ではきちんと出来たのに501では出来ないとは悲しくなります。

 

modoをいじるとポリゴンモデリングをやりたくなります。

もう少し黒人の肌を追求してからモデリングをしようかなぁ。

modo501 – ライティング用のシーンプリセット

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どうやらコンストレイント等の情報はプリセットには保存できなくなったようです。

501用にライティング用のシーンを作りなおしてみたのですが、ダメでした。

 

ZBrushで書き出しなおしたモデルとディスプレイスメントマップを使いました。

170万ポリゴンくらいです。これくらいならばそれ程問題なく作業が進められます。

 

一応調整したプリセットを置いておきます。

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501と書きましたが、他のバージョンでも使えます。ただ、ダイアログが表示されます。

そして、やはりコンストレイントは保存されていません。

任意のターゲットを選択してから、任意のライトを選択し、「モディファイア」>「コンストレイント」「方向」を適用するとライトがターゲットを見てくれます。

ZBrush 10 – modo501Render

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modoでリトポしてみました。

スカルプトを転写して、さらにスカルプトを続けて、

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こんな感じです。

 

それをmodoに持って行ってレンダリングしてみました。

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SDiv3くらいで、ディスプレイスメントマップを使用しています。どうも細部が出てきません。

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SDiv5にして、同じようにディスプレイスメントマップでディテールを出力してレンダリングしました。

これだと大分ディテールが出てきますが、メモリを相当食います。

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調子にのって以前作った黒人モデルもレンダリングしてみました。

スワップが始まり、もはやこれまで、と言った感じです。SDiv5です。

 

全身像にも挑戦してみました。

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まだまだです。

ZBrushを使っていると時間の感覚がなくなります。記事を書こうとしてはいたのですが、ついつい作業をしてしまいました。

学んだことや注意事項など書こうかと思ったのですが、何を書こうかと思ったか忘れました。

GoZがアップデートされたそうですね。501に対応しているのでしょうか?

 

以前作ったプリセットのライトシーンが501ではライトのターゲットを見てくれないので、作り直す必要があるようです。

ついでだからもうちょっとマシなライティングを作ってみたいなぁ。

ZBrush 9

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白人の少女です。

以前黒人の男性を作ったときと同じモデルから始めました。

この素体ではディテールはここまでが限度のように思います。一度リトポしようと思います。

 

元々は、子どもっぽいキャラクターをつくるのに顔の造形をうまく作れなかった。

という理由で、素材集にあった子供を作った。という話です。相も変わらず遠回りをしております。

 

やってみて分かったことは、Crayブラシは始めの段階で面を理解するのに役立ちます。形をしっかりつくってくれます。

SDivレベルを上げてゆくと、Crayブラシでは筆のタッチが中々消えてくれなくなってしまうので、Standardブラシを使うことにしました。

それでも目鼻口等の細かい部分は中々綺麗になりません。リトポしてなんとかしてみようかと思います。なんとかなるのか分かりませんが。

 

Sculptrisでも作ってみたのですが、どうももどかしいです。

言葉で説明するのは難しいのですが、細かい形が中々作りにくい。腕が悪いのだろう。と言われてしまえばそれまでですが。

 

色々な人の顔を作るのは面白いですね。勉強になります。

雑記52

「風呂上りのビールは美味いなぁ。」などとビールでないビールを飲んで思います。

そして、「ビールでないのにこれだけビールの味に近いものを作るなんて、日本は大した国だなぁ。」と続きます。

さらによくよく考えてみると、それが間違えである事に気が付きます。

 

そもそも発泡酒や第三のビールと呼ばれるものが作られた経緯は、ビールと分類されるものの成分構成の物に対して

税金の負担が大きいことに起因しています。

簡単に言ってしまえば、日本ではビールを好んで飲む人が多い、それに対して税金を大きく掛ければ国の財政が潤う、

ビール会社は成分を変えてその税金から逃れる。というイタチごっこです。

そして、思うことは税金とは言ってしまえば共同体の運営資金で、その共同体に所属する人たちが出し合うものだと思います。

共同体に所属する、働けない人等の分をそれ以外の人が出し合う。という構造があります。

 

古来より嗜好品に高い税金が掛けられていたのは古代ローマを見れば分かります。

その意味するところは、生活に支障のない物に関しては裕福な人々が使うもので、それらの人々はより多く共同体に対して責務を負わなくてはならない。

という事です。

 

それを日本のビールに当てはめてみます。

確かにそれは嗜好品で、なくても生きて行けます。

それから逃れる術を考える。という企業の理屈も分からないでもありません。民主主義、資本主義の精神です。

しかし、そのイタチごっこを繰り返すことで、企業と政府の騙し合いの構図が生まれます。

そして、民族的に技術屋気質の日本人は、より技術的になろうと、更なる改良に勤しみます。

斜に構えて世の中を見ると、なんともアホ臭いことを必死になってやっているなぁ、と呆れるばかりです。

 

呆れついでにもう一つ。

運転免許を取得するにあたり、大抵の人は教習所に通うかと思います。自分もそれに通いました。

そして、大抵の人はそこで、「かも知れない」運転というものを教わるかと思います。

これは、車が来ないだろう。人が来ないだろう。という「だろう」運転ではなく、車が来るかも知れない。人が出てくるかも知れない。

という考えを持ち車を運転することで、必然的に注意深くなり事故の危険性が減る。というものです。

当時釈然としない思いで聞いていましたが、後にその原因が解明されました。

 

テレビのニュースで一つの事故(事件?)を取り上げていたのがきっかけです。

車が人をはねた。というものですが、その車を運転していた人は誰でもいいので人を殺したかったそうです。

交通ルールの基本原則が、人は人を殺したくないだろう。人は死にたくないだろう。という憶測に基づいて作られていることを理解しました。

でなければ、そういった殺人の道具にもなりうる自動車と人とを白線一本で区切りを付ける意味が理解できません。

その矛盾を極力解消するべく、個人に「だろう」ではなく「かも知れない」を求めるのだと思います。

 

普通に車を運転していても、死にたいと思っている人が飛び込んできたら避けることは至難の業です。

そういえば、養老孟司さんは日本の交通事故による死亡件数は1万件で、その中に未必の故意による自殺があってもおかしくはない。

ということを書いておりました、なにせ年間自殺者3万人もいるのだから。という話です。それを考えると尚頷けます。

 

では、その矛盾はどのように生じたものか。それを考えてゆくと近代文明の立脚点という所に行き着きます。

原発もそうですが、便利な道具、文明の利器と呼ばれるものにはそれなりにリスクがある。そのメリットが大きくなればリスクも大きくなる。

人の手に負えないことは今更当たり前のように思います。

 

交通事故や犯罪では加害者、被害者遺族が、臭いものにフタをさせるように世間から解離される。というのをたまにテレビのドキュメントなどで見かけます。

以前裁判員をやった人のインタビューがありました。その方も以前に事故だか事件でお子さんを亡くされている方で、

担当した裁判も同じようなものだったそうです。その際に犠牲者の父親は、犯人に対して極刑を強く望んだそうで、それに対してかつての自分を思い起こしたそうです。

刑により人を殺したところで、何も変わらない。そんな事を仰っておりました。

もう少し、人が死ぬ、人が生きる、ということを全体で考えるべきではないのか?そんな事も話しておりました。

 

現代のマスコミや知識人と呼ばれる人たちは、大抵テレビで政治家の批判をします。

世界を見渡すとどうも他の国も大した違いは無いようです。先進国と呼ばれる国々はどこもグダグダに見えます。

北欧の制度を褒め称える人もいますが、北欧に暮らす老人のインタビューには、制度がしっかりしていて安心できるが、人との交流がなく寂しい。という人もいました。

 

日本のマスコミの歴史が浅い、と言ってしまえばそれまでですが、マスコミに批判されない政治体制というのは戦時中ではないでしょうか?

またあれを繰り返すのですが?と思ってしまいます。そうはならない、とは言ってもすでにその徴候はあるように感じます。

「この非常事態に怪しからん。」養老さんはこの言葉を二度聞いたそうです。

初めは戦時中、そして学生運動。学生たちはその時代を直接的に知らないにも関わらず、そのセリフを発し校庭で竹槍訓練に勤しんでいたそうです。

これはもはや国民性、というやつではないでしょうか?

 

政府による情報統制から逃れるべく、民主主義国家では企業による情報提供があります。

しかしこれもやがては企業による統制が入ることになります。いや、すでに入っていると思います。

だからインターネットであり、ブログであり、ツイッターなのだと思います。

 

ついついテレビでマスコミの報道の仕方などを見ていて腹立たしく思いますが、それでいいんだ。と思えば気が楽になります。

まぁ、なるようにしかならない。なるようになる。と言ったところでしょうか。

Unity3D uScript – modo Unbevel MeshCleanUp

uScriptというものを発見しました。

Luxologyのサイトで見つけたもので、見た目もmodoなので、modoのプラグインか何かかと思っていたのですが、Unityのパッケージだそうです。

どうやらUnity上で使用されるスクリプトをノードベースのGUIにて構築してしまおう、というもののようです。

まだ出来てはいないようですが、ビデオを見る限りとても良い出来に見えます。

どうもノードツリーを見ると、身を乗り出してしまいます。これでスクリプトを構築出来れば、スクリプトを覚える手間が省けそうです。

恐らくその分、裏技的な事や最適化に問題が出てくるのかと思いますが、簡単で楽しそうです。

これだけ良い出来だと無料とは行かないのだと思いますが、出来上がるのが楽しみです。

 

ここまでUIをmodoに似せるのも凄いですね、、

日本ではすでにmodoがご臨終を宣告されたようで、残念ですが海外ではまだまだ、ということでしょうか。

そういえば人間の聴覚というものは結構後になっても生きているようで、死亡宣告された後に生き返った人の話では自分の死亡宣告を聞いている、

という人が多いそうです。死に際に遺産相続の話を聞きながらこの世を去る、というのも中々寂しいものです。

 

話がずれました。

そして、modoのスクリプトです。

501になってから色々と変更があったようで、使えなくなったスクリプトが沢山あります。

自分は特にMESH CLEANUPというスクリプトにお世話になっていました。

これは重なったポリゴンや1頂点のポイントなどを削除して、データを綺麗にしてくれるスクリプトです。

modoやLightWaveならではのデータミスですが、気軽にポリゴンを扱えるので意図せず作られたゴミを削除してくれる。というとても便利なものでした。

どうも501では使用できないようで、色々と調べていたら見つけました。

こちらのLuxologyのフォーラムに501用に改良されたスクリプトが置いてあります。

 

しかし、それ以前に勝手な方法で解決方法を見つけました。完全に解決されているのかは微妙ですが。

その解決方法は、MESH CLEANUPであれば、スクリプトを開き、147行目を「#」でコメントアウトするか、削除してしまうと正常に機能するようです。

UNBEVELであれば、203行目どちらも「lx(“delete”);」の行を機能しなくすると正常に動きます。

当然まともな策とは思えませんが、一応使うことが出来ました。

しかし、フォーラムで修正されたスクリプトを見つけたので安心です。

 

そういえば、modoとUnityの話ですが、これもLuxologyのフォーラムで知りましたが、modoデータがUnityにネイティブ対応したそうです。

試しにlxoをアセットに入れると確かに認識されました。ネイティブ対応というのはそういった事なのでしょうか?詳しくは良く分かりません。

しかし、実験した結果適切なスムージングをUnity側に持って行けるのはColladaでした。

そもそも骨が無いのだからlxoを読めても余り意味は無いような気がしますが、いかがなものなのでしょうか?

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