雑記76 – リサイクル

すっかり更新が滞ってしまいました。
個人的な環境の変化で、特に記事に出来るようなことはありません。
今読んでいる本を読んでから雑記を書こう、と思っていると同じ事を繰り返します。
結局書くのすら忘れてしまう。もっとも、どうでもいいことなので、まぁいいや、となってしまう。

 

武田邦彦さんのブログを読んで、自分なりの考えを書いてみようと思うのですが、あまりにも情報が膨大すぎて手がつけられない。
その中でもリサイクルの現状について書かれておられるので、そこを切り口に書いてみようと思います。
武田さんは現在のリサイクルに対して数々の指摘をされております。
平たく言ってしまうと、リサイクルできていない。尚且つ、およそ3倍のエネルギーと余計な物質を使う、という矛盾が生じている。
詳しくはブログを参照していただきたいのですが、これもあまりにも情報が膨大でどこに書いてあるのか覚えていません。

 

以前清掃工場の現場で働く人に話を聞く機会がありましたが、そのかたが仰るには、
燃えるゴミとして集められたものの殆どが食料残渣で、それらは火がつかない。
なので、燃えないゴミとして集められたプラスチックを砕いて着火剤として使っている。ということを話されていました。
そして、リサイクルゴミとして集められたものはリサイクル業者に渡す。となっているそうです。
リサイクルゴミのその後を武田さんは書いています。リサイクル業者は自社でそれを燃やすそうです。
役所としては業者に渡した時点でリサイクルされた、とカウントするようでその分がリサイクル率に反映されているそうです。
何とも馬鹿げたシステムです。

 

また、武田さんはプラスチックを燃やす時に発生する。という謳い文句で登場したダイオキシンについても書かれております。
どうやらダイオキシンとは自然由来の化学物質で、人類とは古い付き合いのようです。
塩素系のものと何かが約300度の熱で燃やされた時に発生するそうです。
要するに焼き鳥だ。と書いていらっしゃいます。
イタリアの工場で起きた爆発により、大量のダイオキシンが散布されたそうですが、その後の調査でもそれによる被害が見受けられなかったそうで、
むしろ発がん率に関しては他の地域よりも低い値が出たそうです。
自分もダイオキシンは人体に悪いものだと思っていたのですが、ここまでデータを出されると、納得してしまいます。
だからゴミは燃やすべきで、業者に渡して程度の落ちる焼却炉ではなく、自治体が持っている焼却炉で焼くべきであることを指摘されています。

 

そして、それらの事象が起きている要因の多くが特定のテレビ局にあることを指摘されています。
確かに地球温暖化やエコ運動は相当怪しいものだ、と思ってはいましたが、本当にそこまで酷いのでしょうか?良く分かりません。
ただ、元々40%あった二酸化炭素が現在は0.04%になってしまっている。0%になったら生命活動ができない。だったら化石燃料を燃やして二酸化炭素を放出するべきである。と、ありました。
うーん、凄いです。確かにそうだ。完全に鵜呑みにしてしまうのは如何なものかと思いますが、少なくともテレビよりはデータが揃っているので信用できる、かと思います。
いや、個人的には文章を読んでいて感じる人柄から信用ができる。そう思います。ただそうはいっても人間なのでバイアスが掛かっている。くらいの感じで良いかと思います。

 

前置きが長くなりました。
その、現代のリサイクル。という事を知ることで、司馬遼太郎さんが「菜の花の沖」で書いていた当時のリサイクルと経済活動の描写を思い出しました。
司馬さんは戦国期から江戸期の間に6倍程増えた日本の人工について、まずは書き出します。
そこには、世の中が安定した、ということだけではなく、綿製品が普及したという事実が果たした役割が大きいのではないか、と考えたそうです。
それまでの日本人は麻で服を作っていまいした。麻は綿に比べて保温性に劣ります。
しかし、綿は元々熱帯の植物で、温帯である日本では生長させることが容易ではありません。
そこで、北の方で獲られる鰊を魚肥として畑に与えることで日本でも綿の栽培が可能になったことを書かれていました。
関西で作られた綿が京、大坂で綿製品として加工され、貴族や豪商がそれを使い、その古着を近江商人が買い取り、北前船で東北を始め、日本各地に運ぶ。
そして着物として使い倒されたそれらは、赤子のおしめとなり、それとしても使えなくなると雑巾として使い、さらにそれでも使えなくなると、竈の火付けに使って使いきったそうです。
リサイクル、というよりもとことんまで使い倒す。

 

武田さんのブログにもありますが、フィンランドのリサイクルについて書かれていることろがありました。
そこでもやはり使い倒す。ということが書かれております。
現代のリサイクルは形あるものを一度崩して、もう一度形を作ろうとします。一番いいのは洗って使う、だと思いますが、それでは衛生面や耐性で問題が出る。
要するに現代の物の使い方が間違っている。うーん、それも正確ではない。間違っているのではなく、効率が悪い。
そして、そうすることで経済活動は効率良く回る。なるほど、そっちが優先か。これを書いていて分かりました。
平和な時代に生まれた事を実感します。

ZBrush4 – 「ZBrush キャラクタークリエーション」

 

今更ながらにこの本を購入しました。
で、ずっと本を見ながら進めていたので更新が滞ろりました。
本に収録されている動画では状況によってブラシを細かくカスタマイズして使っています。
著者がZBrushを相当使い込んでいることがうかがい知れます。
自分はどのブラシが自分に取って使いやすいのか、それを模索しております。
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難しい、、

 

再三書いているかと思いますが、やはり通常のCGツールとは勝手が違います。
複雑であろうと同じ手順を踏めば出来るものではなく、ただ純粋に造形力、とでもいいましょうか、アナログ感覚です。
ひたすら続けて体で習得する。そんな感じです。

ZBrush4

CrayTimeの情報が更新されていますね。
これは結局他のツールに持ってゆく際にどういった形になるのでしょうか?
リメッシュのプロジェクション、でしょうか?

 

どうも自分としては、「CrayTubes」を使う時は、「Z Intensity」「20」以下で使うのが性に合っているようです。
要するに使いこなせていない。
その際にはサブディビジョンレベルが重要になります。細かすぎるとスムースをきつく掛けても形状が馴染まない為です。
うーん、「Standard」を使ったほうが早いのだろうか?そんな事を思ってしまいます。どちらにせよ、慣れるに時間がかかります。
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そういえば、Unity3Dの本がもう一冊出るそうです。
こちらは公開されているチュートリアルを元にしている部分が多いそうです。
しかし値段が安い。

ZBrush4 – 「CrayTubes」

失礼しました。以前「CrayBuildup」と書きましたが、「CrayTubes」の間違いでした。
それで調子に乗って、
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こんなのになってしまいました。

 

「CrayBuildup」は大きな形を作るのに適しているように感じます。
しかし、「CrayTubes」で加減をすれば問題ない。ともいえるかも知れません。
どちらにせよ、使いこなすにはそれなりの熟練が必要なようです。

 

Unity3Dの本を買いました。まだ全然見てもいません。
本を買う時に「ZBrush キャラクタークリエーション」を少し立ち読みしたのですが、欲しくなってしまいました。
少し読んだだけで、勉強になった。小技がたくさん書いてありそうな予感がします。しかし高い、、
いや、学ぶのにそんな事を言っていてはいけない。
いや、Unity3Dをやりなさい。
そんな事を繰り返しています。

ZBrusu4 – 「@」での画面パン(本来はチルダ)

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これは絶対に忘れる。
ZBrushではシームレステクスチャを描くことが出来ます。
画面のパンを「~」(チルダ)を押しながら行うと出来る。というようなことがマニュアルに書いてあったかと思います。
しかしそれは英語キーボードの場合で、日本語では出来ません。
どうやら英語のチルダは日本語キーボードでは「@」が割り当てられているようです。
「@」を押しながらマウスのドラッグで画面を動かすとシームレスに画面が繋がります。

 

注意点としてはドキュメントの端に描いてしまうとその部分が切れてしまうことでしょうか。
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こんな感じにすると、
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こうなってしまう。

 

このあたりはBodyPaintの方が優れているように思います。
もっとも基本コンセプトが違いすぎるので比べる対象とはなりません。

雑記75 – 「虜人日記」「日本はなぜ敗れるのか-敗因21ヵ条」


どちらの本も養老孟司さんがどこかで引用されていたので、読んだ本です。
随分昔の事なので、内容がおぼつきませんが前回、人の本質という事を書いたので、これを思い出しました。

 

前者の本に関して、養老さんの引用の仕方は、人の本質とは環境によって変化するもので脳の作用に相当する。というような事を書かれていたかと思います。
といいますのは、その本の内容に、太平洋戦争当時フィリピン諸島のジャングルでアメリカ兵に見つからないように、とひたすら奥地へ進む日本兵に取って、
最も恐ろしいことは友軍に遭遇することだったそうです。
食料の無くなった彼らは友軍を殺して食べた、という記述があります。その点で著者は過酷な環境下で人間の本性を垣間見た、と書かれております。
本を読んでみると、その内容はあまりにも凄まじく、想像を絶するものがありました。
この本をそんな事の引用に使うのか、と始めは驚きの気持ちを持ちましたが、であるがこそこれを使う、と考えを改めるようになりました。
人間の脳は状況により変化し、残酷にも悲劇的にも喜劇的にも成り得ます。それをしっかりと把握するには適している。ということかと勝手に解釈しております。

 

さて、本の内容です。
著者は軍人ではなく、民間人で軍部の要請から軍に協力するようになった方です。
派遣されている台湾からの帰国、というところから始まります。3隻の船で帰国する日本人たちに混じり帰国の途についたそうです。
家族と離れる、ということから他の乗客とチケットを交換し、同じ船で帰国されたそうです。
その途中、すでに制海権を失っている海でアメリカの潜水艦に見つかってしまったそうです。魚雷が発射され、3隻のうち2隻が沈没、著者が乗る船も魚雷が当たったそうですが、運良く不発弾だったようで助かっています。
この本を通して、そのような話が当然のようにいくつも出てきます。生かされている、という気持ちが沸き起こるのも必然のように思います。

 

現地についても、現地では物が無く、現場の人間に掛け合うと仕事はない。という話になるそうです。招かれて来てみれば、この有様。という状況が続きます。
本の表紙にもなっておりますが、著者は日記を書き続け、挿絵も描かれたそうです。どこかしらユーモアのセンスを感じさせます。
過酷な環境にあっても独特の機知で前向きに辛抱強く対処されている姿が思い浮かばれます。
自分で何とかしよう。と独自に工場を作る、といったこともされたようです。誠実さと辛抱強さに胸が打たれます。

 

その後戦争の状況が酷くなり、日本軍は転進と称してジャングルに逃げ込みます。全く無策であることが分かります。
そんな環境で衛生兵として従軍していたそうで、その立場を利用し、木の棒の先にに綿を括りつけ、それを薬品で浸して日記を書き続けたようです。
日記が進むに連れ残りの食料後何日、と書かれた日数が減って行き、ついには無くなります。
そんな中命拾いをしたのが、アメリカ軍が放棄した偵察用の基地だったそうです。その基地は偵察用であるにも関わらず、設備が整い食料の為に芋が植えられていたそうです。
著者を始め、そこにたどり着いた人が必ず行うのは、素手で芋を掘り、泥のついたその芋を無心で貪る事だったそうです。
そして、その後は捕虜として収容所での生活が描かれます。

 

もちろん本の内容は間違いなく凄いもので、日本人であれば一度は読んでおいたほうが良いのではないか。と思ってしまうものです。
しかし、その編集後記に更に驚かされることになりました。
編集後記は著者のお子さんが書かれたそうです。
生前戦争の話はおろか、日常の会話も少なかった。と書かれております。
父である著者が亡くなられ、遺品を整理している時に見つけたのが貸し金庫の鍵だったそうです。それを開けると骨壷が収められており、そこにこの日記が隠されていたそうです。
もう一つの本を書かれた方が書いておりますが、当時は身ぐるみ剥がされて帰されたそうです。
部下の遺品を持ち帰ろうとした人が、それを帰国時に取り上げられ、その後遺族に激しく問い詰められる人の話を紹介しています。仕方がなかったようです。
「虜人日記」の著者の機知は骨壷に入れれば取り上げられることもあるまい。と発想したのだろう、と書かれてあったかと思います。何とも凄まじい読みです。本気であることが伺えます。

 

生前尊敬することも無かった父親だったそうですが、それを機に大きく変わられたそうです。
何とも凄まじさを感じてしまいます。腹に仕舞ったものは死んでも出さない。しかし、後世に伝えてゆかなければならない。
そんな壮絶な想いを感じてしまいます。
どちらももう一度読み直したい本です。

雑記74 – 工夫を楽しむ日本の技術

以前工夫を凝らす、ということを書いて思い出しました。
前に紹介した司馬遼太郎さんの小説、「菜の花の沖」で登場する人物で工楽右衛門(くらくまつえもん)という人がいます。
この人は、元々船頭であり商人でもある人でした。
新巻鮭を初め、現代に残る発明品を数多く作り出し、「人として世の中の役立つことをせずに、ただ一生を漠然と送るのは鳥や獣に劣る」(wikipedia)
を信念として、それらの発明品を惜しげもなく人々に伝えたそうです。

 

物語中では、幕府の命で紀州産の巨大な木材を江戸に運ぶ際に、船に積めないので木材で筏を作りそれで江戸まで運んだそうです。
当時は北前船といわれるだけあって、日本の玄関は日本海でした。荒れた上に先の見えない太平洋は日本人にとっては範囲外だったようです。
地図で見ると、現在の日本は背を大きく反らせたように見えますが、当時は背を屈めて大陸にへばりつく格好のように認識されていたのかも知れません。
ちなみに地図を逆さにして中国側からそれを見ると、何とも邪魔な鍋蓋のようにも見えます。

 

松右衛門が発明した最大のものの一つに帆布が挙げられます。
同時は麻や筵を船の帆に使っていたようですが、これらは簡単に破れます。帆船に取って帆は命綱とも呼べる大切なもので、それが無くなることは遭難を意味しました。
松右衛門は綿を使い、更にそれを二重に織り込むことで西洋のキャンバスと同じような帆を作りました。
瞬く間に普及したそうですが、そこには松右衛門の精神が生きています。人のためになることに利益を追求しない。
現在でもその帆布はかばんの材料として使用されていますが、残念ながら権利の争いを繰り広げているようです。

 

そして、そんな彼に対して幕府は苗字帯刀を許し、色々な発明をする彼を表し、久楽という苗字を与えました、工夫を楽しむ。ということです。
何とも粋な計らいです。

 

日本の技術の裏付けになっているものの一つとして、人に対する思いやり、おもてなしの心があるように思います。
それらが行き過ぎると、余計な機能、大きなお世話、となります。自動で水洗するトイレがありますが、機械に流されないでも、自分で流します。と、言いたくなります。

 

どうも日本の技術、という物を論じるにあたり、工夫を楽しむ、という事は大きなキーワードであるように感じます。
日本の農業は多様性を極める土地で、鍛冶屋は土地により農具を調整し、農家は土地により農法を開発して行きました。
そして、皆が自分の方法が一番いい。と心ひそかに思っているようです。日本人だねぇ。と心中つぶやいてしまいます。

 

そんな日本に西洋文明が入ってきて、化石燃料を武器に画一化された方法でなされる技術に圧倒されました。
西洋では蒸気機関の発明と共に、近代化の幕が開き、産業革命が起こりました。それまで職人が一つ一つ作っていたピアノは工場で大量生産されるようになり、
一つ一つが違う音であるのが当たり前であったものが、全てが近似で揃うことが当たり前となりました。
そして、その流れはバウハウスにより規格化され、増々加速度増してゆきます。ナチスに追われるようにドイツを脱したバウハウスは、アメリカでMITと融合しました。
MITはアメリカの心臓部となり、工業社会という新たな文明をアメリカに広め、アメリカは世界の心臓部となってそれを広めました。
機能美こそが真の美である。清教徒がカトリックを否定したように、新たに始まったそれは、かつての装飾美を否定します。

 

現代、規格化された社会に生きる我々が物は揃っていて当然、といった考えを持つことも無理からぬ事だと思います。
分子レベルで違うと言われても、近似してしまうので良く観察しないと気がつかない。
だから個性を大事にする教育が行われるようになり、人の本質などという意味の分からないものが言われるのだと思います。
そう考えると、学級が崩壊するのも当たり前だし、それは内閣も同じ事であるように思います。

 

最近の政治の迷走を見ていると、かつて西ローマ帝国が滅びる際に、皇帝は自分の身は自分で守るよう言い放ち帝国は滅亡した、という事を思い起こします。
当時のローマ帝国では皇帝は選挙で決められるものではなく、人々に選ばれた人がなる、という手続きを取っておりました。
初代皇帝アウグストゥスが苦肉の策として行われたことが定式化したものです。
なので、気に入らない皇帝を排除する場合は殺す他に方法がありません。五賢帝後のローマ帝国は皇帝がしばしば変わりました。
既得権益層が自身の権益を守るために新たな皇帝を担ぎ上げる。という事が繰り返された為です。
要するにテーブルの上のものの取り分をお互いが主張していました。そして周りの国々はそんな争いをしている間に力を付けてきました。
その争いの中で、必ず票として必要になる民衆は小麦の無料配給の量の増加と配給層の増加、という利益を得たようです。
保証や給付は国の財政を逼迫します。それを補うために国は発行する貨幣の価値を低くし、多く流通させることでインフレが拡大します。負のスパイラルです。
塩野七生さんが書く所によると、発掘されるローマの遺跡から埋蔵金が出てくるそうです。
世の中が悪くなっても何とかやって行けるように、と考えたのでしょうか、発掘される遺跡から出てくる硬貨は純度の高いものが圧倒的に多いそうです。
どうやらそれを使う前に、彼らが野蛮人と蔑んでいたゲルマン人を始めとした他民族に襲われ、そのままになってしまったようです。
どうやら国が行う政策により、民衆からお金をとったり、経済を活発化させようとお金をばらまいたりしても大した効果は無いようです。

 

ああ、話が変わってしまいました。
しかし、人を思ってものを作る、おもてなしの心、そういったものが自然と日本に発生し、文化的なものになっている。
そして、それがこれからの時代を語るキーワードになってゆくと面白い、そんな事を思っております。

NSpace – オブジェクトスペースからタンジェントスペースに

以前紹介した、NSpaceというツールを検証しました。
ちなみに元々たどり着いたページはこちらです。
やはり英語が分かるとそれなりの情報量なのだろうと思いますが、自分には良く分かりません。

 

そこで早速試してみました。
ZBrushからSDiv3の状態でマルチマッパーを使ってメッシュとノーマルマップを出力します。
その際にメッシュは三角形で出力し、ノーマルマップは「Tangent」スチッチをオフにして出力し、オブジェクトスペースのノーマルマップを吐き出すようにします。
ノーマルマップのファイルフォーマットを「tga」にして保存します。
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それを「ozNspaceGUI.exe」を起動し、出力したobj、tgaを読み込み、出力するtgaを設定し、画像の引き伸ばしを設定して、「GO」ボタンを押して実行します。

 

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これが
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こうなります。
絶対に違うと思います、、

 

ちなみにmodoで読み込むと、
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これが
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こうなります、元々modoはオブジェクトスペースのノーマルに対応していません。出力はできるのになぜか貼付けはできないです。
そして、タンジェントの物を張り付けると、
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こうなります。ここまでメッシュが細かいと殆ど継ぎ目は気になりませんが、全くなくなるわけではありません。
他のツールでも試してみようとしたのですが、Maya8.5ではオブジェクトスペースのノーマルに対応しておらず、ModTool7.5も対応していませんでした。
ModToolでBRDFを使ってシェーディングすると、こんな感じになりました。
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ノーマルマップに関しては英語の情報を漁るしか無いようです。困った。

ZBrush4 – モデルの調整

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トポロジが同じでも形状の転送はできないようです。
手や足を作るのがめんどくさくなり、形状をプロジェクションしようとしたのですが、どうやら同じトポロジでも大きさが違うとダメのようです。
仕方が無いので、再度作っております。

 

LightWave10の日本語版が発売されたり、XSIFndユーザーに対して、最終アップグレードが通知されたりしております。
無い袖は振れない。
FPrimeはLightWaveに吸収されたのでしょうか?新機能の説明でSSSについてのものを見ていると、FP何とか、という機能が見受けられました。

 

ノーマルマップの検証をあれやこれや、とやっておりますが、どうにも日本語の情報は少ないです。英語だとたくさんあるようです。
タンジェントだとどうしてもある程度のポリゴン数が無いと際が目立つ。だからそれらを使うものは必然的にデザインに影響を及ぼすのだと思います。
オブジェクトスペースの方が、リピートのないキャラやオブジェクトには良いように思いますが、ちょっと陰影が濃くなる傾向がある。それにデフォームさせた時はどうなるのだろうか?
そもそもUnityはオブジェクトスペースには対応していない。シェーダーツリーで解決できるのか、否か。
うーん、どうもノーマルマップの研究は乗り気にならない。

ZBrush4 – 女性モデルと男性モデルの調整

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うーん、良くなっているのか悪くなっているのか分からなくなりました。

 

オブジェクトスペースのノーマルマップをタンジェントスペースに変更できないのか?と調べていると、プログラム的には簡単のようです。
しかし、中々ツールが見つからない。
こんなものを発見しました。
少し使ってみたのですが、どうも違うように思うのですが、いかがでしょうか?
今度もう少し実験してみます。

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です