4角ポリゴンの流れ - その3

記事にするべきかも悩むような話ですが、今回のテーマで取り上げたことと読んでいた本で符号する部分があり、

面白かったので書いてみたいと思います。

 

読んだ本は、

梅棹忠夫さんという方が書かれた対論「人間探求」―人間科学の新展開」という本です。

amazonのアフェリエイトでも張ろうかと思ったのですが、自分が買っていないので、さすがにそこまではできません。

本はもっぱら図書館で借りて読んでいます。

 

今回のテーマと符号する部分ですが、この本では梅棹さんという方が色々な人と対談をしており、

その中で川喜田二郎さんという方と話されている内容でした。(すみません、うろ覚えのため確証はありません)

その方は民俗学をやられているそうですが、ヒマラヤに住む人たちを調べているときに現地の人たちと飲んでいて

ある設備を作ることになったそうです。そのうちのひとつがワイヤーを使って谷を跨いで荷物を降ろすものだそうです。

 

降ろすだけであげることができない。そこにポイントがある。とおっしゃっておりました。

それを見た他の外国の人たちは上げることができないと意味が無いじゃないか、と笑っていたそうですが、

村人たちにとっては降ろした後の空き箱をまとめて人が上に運ぶ、というのでも問題なかったそうです。

それよりも機能を増やすと構造が複雑になり、持ち運びもメンテナンスも、金額も馬鹿にならない。

それで降ろすだけの装置を作ったそうです。

 

それができるまでの経緯も面白いのですが、それははしょりまして、

技術ということについて述べられておりました。

技術者というものは技術を普遍的技術だと思い込む傾向がある。本来技術というものは現場技術で無ければならない。

むしろ現場技術しか存在しない。ということです。

 

現場の状況に合わせた技術の適用。まさしく降ろすことしかできない装置です。

適材適所、ですね。

 

ここで書いていることと違うのではないか、と思われるかと思いますが、

ここでやっていることは技術の研究です。手遊びといいますか、自己満足です。できているか、というのはまた別の話ですが、、

 

人が普遍を求めるのは確たる寄る辺が欲しいからだと思います。宗教などがそれにあたります。

技術や科学もそうだと思います。見方を変えればどうとでも見えてしまいます。

 

それと、同じ本でもう一箇所面白いところがありました。

20年くらい前の本なので、情報が古いのですが当時の立体映像の研究です。

人間が立体を認識するのに13くらいの要素があるそうです。その一番大きな要素、左右の目の物理的な位置関係。

今の技術ではどうか知りませんが、当時の技術ではそれだけで作っていたそうです。今でもそうなのでしょうか?

 

被写体を二つのカメラで撮影し、右目左目に違う映像を送る事で立体視できます。

そのカメラで人物を撮り、加工して片方を美しく、もう片方を醜くして本人に見せると美しいほうの像で立体視するそうです。

 

人間の願望が現れます。

人間は近くの4割以上を視覚に頼っている、といわれます。人によっては八割以上という人もいます。さすがにそれはないだろう、と思うのですが、、

その視覚がこの有様です。

都合よく解釈するようにできているようです。

われわれCGで生きている人間はそこにつけ込んでいる、といういい方もできるかと思います。

テクスチャを局部的に暗くすると汚れているように見えて何となく良い具合になる。などが良い例かと思います。

 

はじめから終わりまでポリゴンの流れは関係ありませんでした。ただの小話です。

 

では、今回はこの辺で。

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