modoで建築 シリーズ 2-2

image973l
中々進みません、、

 

途中で気がついたのですが、縦の寸法と奥行きの寸法は合っていたのですが、横幅の寸法がいつの間にかずれていました。
横と奥で壁の厚さが違うので、変だなぁ、と思っていたら、知らぬ間にスケールを掛けていたようです。
で、作り直し。

 

その後、色々と間違いを犯し、作り直し。
何度作りなおしたか、、
日頃使っている操作と違うことをするので、中々慣れません。

 

思えば、仕事の効率化とは、ある種のパターン認識に相当する。
パターンを記憶できれば、仕事が早くなる。
パターンを認識する。という行動は、要点だけを見る、ということでもあり、それ以外は見なくなる傾向がある。
だから仕事が早くなる。そして、ケアレスミスが生じる。
で、それらも覚えてゆき、更に効率化が進んでゆく。でも見落とさない。ということは無くならない。

 

要するに記憶の問題である。と、置き換えることも出来る。
職業に纏わる記憶というものは、それの副次的な産物である。と認識されがちだが、実はそれこそが本質である。
どこかの本で読みました。
そして、その延長に人格というものがある。
人の記憶がその人格にどのように影響するか。短期記憶しか持たなくなった人を見ると良く分かる。
覚えられないことは、不幸であるか、幸福であるか。当の本人には記憶が無いので分からない。

 

記憶そのものがパターンである、と考える人もいます。
化学物質、という直ぐに反応して変化する不確実なものに記憶があるのではなく、
軸索によるネットワーク構造、そのものが記憶である。
そこを流れる、電気信号の流れる道筋、それが記憶だろう。という考え方です。
うーん、多分両方なんじゃないかなぁ。何の根拠もなく、そんな事を思ってしまいます。

 

どうも人間は、これ、という点を探したがる。
どうも調べてゆくと、それらはスケールによってはあたかも点のように見える集合体である。
物や事には中心点や境界線はない。

 

中心点ということで例え出だすと、平均的な日本人、という表現は一般的には可能であるが、
では、その正規分布で描かれる曲線の頂点に立つ、唯一の「ザ・日本人」は存在するのか、という問題を考えると理解できる。
答えを言ってしまえば、そんな人は存在し得ない。
そもそも日本の人口は刻々と変わる。そして、個人の中でもニューロンの接続は刻々と変わる。
これだけだと、ほんの何分の一秒であれば、瞬間的に「ザ・日本人」は誕生するのではないか、と思わるかも知れませんが、
それも心配ない。
そもそもその統計を取るにあたり、その調査で使われる質問が平均的な日本人を測るに適した問であるか、人によりその答えは変わる。
だから測れない。分けられない。
それはあたかも空に浮かぶ雲のような存在になる。

 

あるんだけど無い。無いんだけどある。
では、点や線はどこにあるのか。頭の中にある。ただ、それもやはり脳神経細胞、と呼ばれる集合体だ。

 

なんだか話が変わってしまいました。
ムービー見ながら、作業を進めてみます。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です