雑記11 - 仮説とデータ

また雑記です。

 

仮説、というものに付いて書いてみたいと思います。

分子生物学の技術を用い、免疫学によりノーベル賞を取ったのは利根川進さんです。

論文のタイトルは忘れましたが、免疫系の多様性はDNAの組み換えによって行われていることを証明しました。

 

当時DNAは一度作られると不変である、と信じられていたそうで、

それならば免疫系の多様性はどのように存在しているのかが疑問となっていました。

考えられる方法は二つで、一つははじめから情報を持っている。というものと、後から情報が作られる。というものでした。

 

組み換えが行われない限り、はじめから持っている、と考えるのが普通で、世界的にもそう考えられており、

利根川さんもそう考えていたそうです。

 

ただ、もしそうで無かったら面白いな。という気持ちで研究を続けていたそうです。

 

免疫の情報をはじめから持っているとすると、その情報に無いウィルスが発生した場合、その生物は絶滅することとなります。

それに出来る限り対処する場合は、より多くの情報を持つことが必要になります。

なので、現在の生物は偶然そういったことがなく進化してきたのだろう。とされていたようです。

 

利根川さんが研究していたときに世界で3つのチームがその研究をしていたそうです。

記憶が定かではないのですが、研究の発表の場で、他の2つのチームは同じ仮説、つまりはじめから持っていた、という立場でした。

そして、片方のチームはそもそも実験過程に問題があることを、利根川さんは指摘をしています。

純度の高いRNAの抽出に失敗していたそうです。

RNAとは二重の螺旋構造を持つDNAの一方が切り離されたものです。

 

そして、もう一方のチームは実験は問題ないそうでしたが、抽出したデータの読み取り方に問題があったと指摘されておりました。

 

そのチームはデータが示すものが最小数だと考えました。

はじめから情報を持っている、という考えから抜け出すことができずに、データを見ていた、ということです。

恐らくまだサンプリング数も少なかったのだろうと思います。

 

利根川さんはそれを最大数だ、と考えていました。

その最大数の数からさらに組み合わさりが起こり、環境にあった免疫を作る。ということです。

最終的にはその考えが証明され、ノーベル賞の受賞に至ったそうです。

 

仮説、というバイアスのかかった目でデータを見ることしか人間にはできない。

データというもの自体は数値の羅列でしかなく、そこに存在する法則を発見するものはそうであって欲しい、という思いが存在してしまう。

と言った話だったかと思います。

考えさせられます。

 

利根川さんは日本人の技術の素晴らしさは実験精度などに現れ、世界的にも十分通用するすごいものだ、とも言っておりました。

CGをやっていても感じますが、自分もそう思います。

日本の車会社が中国に初めて工場を作ったときに、バンパーの裏まで磨く必要はない、と言ったそうですが、

それに対して日本人はそれがジャパンクオリティーなんだ、という説明をした、という話を聞きました。

 

全てに対してそれは良いことではないとは思います。

それの反作用として、形骸化したものを引きずり続けるところが見受けられます。

恐らくそれが民族性なのだと思います。直すとかそういった問題ではなく、それの長所をうまく活用できれば良いんじゃないか?と思います。

 

最後に面白い話をしておりましたが、利根川さんの研究チームに熱心なクリスチャンの女性がいたそうですが、

分子生物学というものはやってゆくと、信心深い人がそうで無くなる傾向のあるものだそうで、その女性もだんだんと信仰心が薄れていったそうです。

しかし、ある日夢で利根川さんがノーベル賞を受賞する夢を見て、それが現実のものとなったときに再び神の存在を信じるようになったそうです。

 

利根川さんはその後、脳に興味を持ち、そちらの研究を進めたそうです。

その女性のことも脳の作用だ、とおっしゃっていたかと思います。

 

発生学で言うと免疫系と中枢神経は同じだそうです。

やはり同じく多様性でつながります。

新たなウィルスに対応するため、免疫系は多様性を持ち変化しました。

新たな環境や社会状況に対応するため、脳は多様性を持ち、変化します。

なるほど同じです。

 

話は関係ありませんが、「modo実践チュートリアルビデオ インテリア編」を購入しました。

ダウンロード出来るようになるのが楽しみです。お盆休み明けなのでしょうか?ちょっと待ち遠しい。

またmodoでの勉強が再開されるかと思います。

もちろん営業妨害はしたくないので、内容を詳しく書くような事はしませんが。

 

それと、先日映像系のCGをされていた方とお話させていただきました。

この業界に入って、初めてまともにCGの会話ができたように思います。未だに興奮覚めやらぬ、と言った感じです。

やはりゲーム業界のCGは力技が多く、無駄に労力を使っている。と感じていたことは間違っていないようです。

modo使えばもっと早く仕事が出来るのに、いつも思います。

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