雑記27 – 「アメリカン・デモクラシーの逆説」
以前「貧困大陸アメリカ」という本を紹介しました。
その後、とあるページでその本を批判している物を見つけ、こちらの方が優れいてる。
という記事を見つけたので、早速借りて読んでみました。
結果から言うと、大して変わらないじゃないか。と思いました。
「貧困大陸~」の方は下からの見方で、こちらの方は上からの見方です。
前者は経済学を学ばれた方が書いたそうですが、こちらは人類学的な視点で書かれております。
前者が数学で言うところの複素数の一つであるならば、こちらは古典力学的、とでも言いましょうか、
複素数の一つであるならば、ひとつだけ抽出しても全体像とは大きくかけ離れることがあり、真実ではなくなります。
しかし、古典力学でも近似で近寄ることはできても真実ではありません。
要するにどちらも間違ってはいないけど、どちらも合ってはいない。
見方が違えば事実も変わる。相対性理論のような事だと思います。
しかし、どちらの本も面白いです。
アメリカが直面している困難を嘲笑う、というのではなく、書かれていることは全く人事ではないかと思います。
前回書き忘れましたが、この本でも最後の方はアメリカの自浄能力という部分に注目しています。
アメリカンスピリットと呼ばれる、挑戦する力、人を助ける力、そして何よりも陽気な人柄。
悪い方向に行くと、横柄で身勝手なものですが、やはりパワーはすごいものがあります。
こちらの本では最後にハーバード大学の卒業式のスピーチが出てきます。
いかにもアメリカらしいそのスピーチを読んだのは、コメディアンの方だそうで、その道で成功して学問を治めるために入学したそうです。
機知と冗談が至る所に散りばめられ、真摯で誠実なそのスピーチは読んでいると笑と涙がこぼれます。
個人的にいだいていた感想ですが、アメリカ現大統領はローマ帝国のディオクレティアヌス皇帝のよなものだと思っておりました。
人柄的には徳川家康のように思うのですが、ローマの辺境に生まれ、差別される方の人種でありながら皇帝となり、
その当時ローマ人ですら忘れ去ったローマンスピリットを持っている人だったそうです。
傾国するローマを立て直すため様々な荒療治を行いますが、結果としてローマがローマらしくない姿になってゆきました。
暗黒の中世と呼ばれる時代の萌芽を感じさせるものがあり、歴史家によってはそこまでしてローマを延命させる必要は無かったのではないか。
などとも言われてしまいます。なんとも悲しい言葉です。
尊厳死を取るか、延命処置を続けるか。未だに解決できない問題です。
アメリカの強みでもあり、弱みでもある民族多様性、そこからふつふつと沸き上がる何かがあるように思います。
日本の思想の多様性からも何かが出てきそうな気がしてなりません。
どうやらアメリカに限らず、現代社会が抱える問題は同じようです。
雑多となった情報から生まれる、カテゴリーの細分化、直線を面積のない点で埋めるように、無限に続きます。
知的テクノロジーは人類に対して、著しい影響を与える。以前紹介した「ネット・バカ」という本で書かれていた言葉です。
文字の発明から、時計の発明、地図の発明に言及します。
文字は以前少し書きましたが、忘れていました。
昔は音読を前提に本が書かれていたそうで、黙読している人を見て驚く当時の人の記録を持ち出していました。
新たな知的テクノロジーを手に入れると、それ以前と以後とでは常識が大きく異なります。
昔の日本は十二支で時を数えていました。
日の出日の入りを基準に、正午で分断します。なぜ正午が分かるのか?疑問に思いますが、恐らく当時の人からしてみれば
その疑問自体を理解出来ないもののように感じます。
太陽の高さ、とかもあるでしょうが、腹時計、に近いもののような気がします。
ちなみに当時の侍は朝4つから昼8つくらいが勤務時間だったそうです。
現代の時間で言えば大体10時くらいから2時くらいまでです。正確な時間が分からないのでとてもルーズだったそうです。
待ち合わせに一日遅れたり、遠い場所では1ヶ月近く遅れることもあったそうです。
新たな知的テクノロジーを手に入れると後戻りはできません。
そういえばその本の中で、グーグルが作るAI(人工知能)についても言及しておりました。
様々な文法を記憶させて組み合わせる現在の方法では、いくら頑張っても人間が書くソースコードには及びません。
そういったアプローチではなく、ニューロン(神経細胞)の動きをコンピュータ上で複製してみよう。
というものだそうです。
なんだかすごく楽しそうなのですが、とてつもないパンドラの箱のような気がしてしまいます。
恐らくこの流れは変えられません。
どんなものが出来るのやら、楽しみにして待っている他ないようです。
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