雑記39 – エコと経済

しばらくポリゴンモデリングに専念しますので、久しぶりに雑記を書きます。

 

副題を付けてみました。エコロジーとエコノミー(経済)について書いてみようかと思います。

どちらもギリシャ語のオイコス(家)が語源です。

民主主義の発祥の地でもある古代ギリシアでは、一家の運営というものが重要視されていたそうで、エコノミー(家政)という言葉が使われていました。

エコノミーという言い方は英語読みですが、要は当時個人の最小単位だったのだろうと思います。

しかし、当時の民主主義は奴隷制度によって支えられていたことを加味しなければならないかと思います。

 

それに対してエコロジーは19世紀に造語された言葉で、オイコスとロゴス(理論)をくっ付けてできた言葉です。

産業革命の後、先進国では汚染問題が出てきたことに端を発します。

最近では流行語にも選ばれないくらいに世間に浸透した言葉になりました。

 

国際会議を見ても分かるとおり、この二つの言葉は水と油のように相反するようで、語源が同じだという事実からすると皮肉のようにも感じてしまいます。

いい年した大人が集まって努力目標を掲げるだけで終わってしまうようです。

 

そして、最近ではエコロジーといえば二酸化炭素問題が必ず結び付けられて出てきます。

むしろエコロジー=二酸化炭素の排出問題、となってしまっているようです。

そもそも地球上の大気の0.04%でしかない二酸化炭素が温暖化に大きく寄与することは物理的にも考えられない。と物理学者は言います。

二酸化炭素=地球温暖化、の図式を作ったのはEUです。

ヨーロッパの国々は不安定な情勢の中東にエネルギーを依存することを避け、自前で何とかする道を探りました。

その一つが原子力発電です。原子力発電は二酸化炭素を出しません。

最近宣伝でクリーンエネルギーとして謳われています。本気で言っているのか正気で言っているのか、唖然としてしまいます。

 

火力発電も原子力発電も乱暴に言ってしまえば同じ原理で、熱でお湯を作り蒸気でタービンを回し電気を作ります。

熱というエネルギーが動力に変換され、電力になる。エネルギーは変換されるごとに無駄が出ます。

火力発電で熱効率が50%位だそうです。要はエネルギーが半分失われます。原子力に至っては30%から40%だそうです。

尚且つ原子力発電の場合は、原子炉を冷やすために水が使われます。

正確な数字は忘れましたが、1基の原子炉を冷やすのに一年で、利根川の年間排水量の9倍の海水を4度上昇させて海に返すそうです。

世界には600基ほどがあるようです。

 

日本が排出している二酸化炭素は人間が排出しているであろう二酸化炭素のうち9%を占めるそうです。

新しい情報は知りませんが、アメリカは40%です。もしかすると現在では中国が追い抜いているかも知れません。

京都議定書では、その日本が更なる削減を掲げ、さらに前首相は就任早々更なる削減を掲げ世界の失笑を買っていました。

どうやら他国から排出権を税金を使って買っているようです。

そもそも厳密な計測もできずに、それがどの程度の影響であるかも分からないものにお金が発生します。

どちらも理論上のものだから何も無い。とも言えなくもないかも知れませんが、ちょっとひどい。と思ってしまいます。

 

そして、経済の話です。

経済に関しては全くの素人なので書くのも憚られるのですが、個人的に思っていることを書いてみます。

金本位体制、というものがありました。

要は鉱物の金を貨幣に、もしくはそれに見合った価値を持った紙幣を使った経済です。

それが無くなったのが、ニクソンショックと呼ばれるものだと思います。

経済が大きくなりすぎ、金が少なくなった、という理由とアメリカの経済は右肩上がりに発展し続ける。

という理由により、金という物質ではなくアメリカのサービス、もしくはアメリカの信用を価値と決めて取引されるようになった。と解釈して問題ないかと思っております。

 

個人的にはこの金本位体制、というものが疑問でした。

古代ローマでは銀本位体制から金本位体制に変わり、その後金の含有率を少なくすることで、貨幣としての価値が少なくなり、インフレが起こりました。

お金の価値が下がると、相対的に物の価値が上がる。その理屈は分からないでもないのですが、どうにも府に落ちません。

そもそも含有率を人々は測定できたのであろうか?時代劇で小判をかじるシーンが昔ありましたが、どうもそれでは分からないようです。

噂なり憶測なりがそれとなく伝わり、どうやら価値が下がったらしい。ということが世間に浸透し、テンションが下がった。と言われると分かります。

詳しく調べていないので分かりませんが、どうやら経済とはそういうもののようです。

経済学者は1万円に1万円の価値があるのは人々がそれを認めているからだ。と言います。要は気持ちの問題です。

 

ニクソンショック以降、信用までもお金にしてしまった経済は信用が失われて破綻しました。

サブプライムローンというのは、自分が住む家を担保にしてお金を借りた人たちによって作られた複数の債権をミンチ肉のように加工し、

格付け会社が丁寧にラッピングしたからバカ売れだったようです。

昔アメリカでは加工されたミンチ肉は買わないほうが良い。と言われていたそうですが、それを経済でやってしまったようです。

 

有りもしないところからお金が発生し、有りもしない所へと消えてゆく。

その下で人々が汗水流して働いている。

もはや悲劇を通り越して喜劇にすら見えてきます。

 

そういえば、西洋人でこんなことを言った人がいました。

人間とは所詮三文役者だ、突然舞台に現れ所狭しと舞台を飛び跳ねたかと思うと突然消えていなくなる。

なんともシニカルな雰囲気が伝わってきます。

同じことを日本人が言うと、

ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

完全なえこ贔屓ですが、こっちのほうが美しい。

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