雑記41 – インフラストラクチャー

インフラストラクチャーについて書いてみたいと思います。現代の日本においては、公共事業と訳してしまっても構わないかと思います。

 

塩野七生さんからの引用ですが、インフラ(下部)もストラクチャー(構造)もどちらも古代ローマで使用されていたラテン語を起源としております。

ただ、当時のローマでは現在のような使われ方はされていないようで、同じように使われている言葉を意訳すると「人が人らしく生きるために行う、大事業」だそうです。

当然のような意味深のような複雑な心境になります。

 

ローマ帝国の土建好きはローマ街道という道に現れているとおり、とにかく石でしっかりと作ることを旨としていたようです。

西ローマ帝国が滅亡して、200年の後東ローマ帝国の人がローマを訪れ、その街道に感嘆したそうです。

50年おきにメンテナンスされていたそうですが、メンテナンスがされなくなっても200年はまだなんとか維持できたようですが、

現在のローマ街道は内部構造だけしか残っていない、でこぼこ道になってしまいました。

 

それと同時に水道も発達していました。古代ローマの水道橋は複数のアーチで支えられ、とても美しい姿が印象的です。尤もこれも外装が剥がされていますが。

ローマは現在でも水が豊富で、当時から水には困っていなかったようですが、紀元前300年頃、当時の執政官アッピウスという人が、

今後ローマが拡大してゆくであろうことを予測して、街道と水道を作り始めたのがきっかけのようです。

塩野さんは同じ時期に東洋でも巨大な建造物が建築されることを引き合いに出し、比べます。万里の長城です。

 

街道も長城も同じく軍事を目的として建造されました。方や外部からの侵入を防ぐため、方や内部の機動性を高めるため。

街道は平時に流通を促進します。入り交じることで生き残る道を見出したか、拒絶することで生き残る道を見出したか、その後の歴史を考えるとどちらが良いのか分かりません。

そういえば、司馬遼太郎さんは匈奴などの蛮族と呼ばれる人々に強い関心を抱きました。中国という文明に憧れ、長い歴史の中であたかもピストン運動のように

長城に対して突進を繰り返す様に、彼らの息吹や鼓動を感じる。というようなことを書いていたかと思います。

 

話が飛びましたが、当時のローマでは場所の行き来と水の確保が人としての最低限の権利だったようです。

そして、これは一般にハードインフラと呼ばれるものです。

 

ソフトインフラの代表格である教育、医療についても塩野さんは書いております。

ユリウス・カエサルが制定した法によると医師、教師に対してはローマ市民権を付与されたそうです。

属州から優秀な人達が集まったようです。この法の見事な点は当代限りの市民権で、子供に譲渡はできないことにありました。

そして、国としては教育、医療に全くお金を掛けませんでした。今でいう小さい政府、というやつです。

国が建てるハコモノ、フォルム(フォーラムの語源)と呼ばれる巨大な建物があり、その中にテナントとして個人経営の塾や開業医が入ったそうです。

フォルムにはその他にも様々な施設があり、現代で同じようなものを探すと、ららぽーとやレイクタウンのようなものかと思います。

 

現代の日本では国の収入の殆どはソフトインフラに消えてゆきます。個人の家計と国の財政を比較することは大変危険なことではありますが、

収入の殆どが医療に消えてゆくというのはいかがなものか?とやはり思ってしまいます。

 

現代の日本においては自民党の55年体制により、日本全土にインフラ整備を施しました。

人によっては日本で初めて重機という名の奴隷を得て、使い方を誤ったのだろう。と分析する人もいます。

奴婢という言葉がありますが、中国の言葉で当時の日本の土着の農民に対して同じようなものだろう、と付けられただけであって奴隷ではありませんでした。

コンクリートで行われるハードインフラは自然界に大きな影響を及ぼします。生態系が大きく変わります。

最近では食物連鎖、ではなく食物連網と呼ばれたりもしますが、要するに人間が考えている以上に自然界は複雑で入り組んでいます。

そういった事実を見ようともせず、経済の発展はインフラにありそれで土建屋が潤い街が潤い経済が発展する。

という短絡的な発想をする政治家の発言を聞くと、なんともやりきれない気持ちになってしまいます。

 

自然と人工、うまく表現する言葉はないのか?考えていると養老孟司さんがうまい言い方をしておりました。

人工物は手入れをしなければ維持ができないが、自然とは何もしなくてもしばしば増殖する。だそうです。それに自然は安定する。と加えると尚いいかと思います。

大工を集めておいたら四国と本州を繋ぐ橋が4つも出来た。ではないだろう。とも書いておりました。思わず笑ってしまいます。

どうも四国の人たちの本州と繋がりたい、という強度な重みが政治となり橋が出来た。と解釈するほうが良いように思います。

 

現代の巨大なインフラはお金がかかります。たくさんの人口があれば、それをペイできるだけのものになりますが、人口が少なくなれば損をすることになります。

地方自治体は補助金制度の名のもとに多くのインフラを建築しましたが、小泉改革により制度がなくなり梯子を外された格好となってしまいました。

 

現在の日本は借金大国と呼ばれております。良く一人当たり700万だか800万の借金を背負わされている。と聞きます。今はもっと増えているかも知れません。

しかし、他の国と違うのはその借金は同じ日本人からしているので大丈夫。とも言われます。

要するに国が発行する国債を日本の銀行が買っています。日本の銀行には主に日本人がお金を預けているのでそういった構造が成り立ちます。

大丈夫、というのは江戸時代にあった徳政令を発令してしまえば良い。という事でもあるかと思います。

当時の武家は歳入よりも歳出が上回り、先祖代々借金を積み重ねていました。中には耐えられなくなり家名を売って逃げ出す人もいました。

それを見かねた幕府が徳政令を敷き、借金をチャラにしました。商人はたまったものでは無かったかと思います。

 

それに対して、現在では地方の財政が破綻しかけています。法整備が整っていないことを良い事に、外国人が日本の森林や水資源のある土地を買いあさっているそうです。

その理由は、多様性のある森林に価値を見出したり、これから起こるであろう世界的な水の取り合いに備えて、だそうです。

国は潰れないが、地方が潰れる。という人もいます。

幕末江戸幕府はフランスに対して国を担保にお金を借りようとしていましたが、なんだかそれを彷彿とさせます。

 

長野県の上条村というところでは大きな改革が行われたそうです。

民間から来た村長は、役所の改革を行った後、村民の意識の改革を行ったそうです。

土建屋さんに道路を作ってもらうと数百万かかるところを、材料費20万だけで道を作ってしまいました。

村民が作った道です。人が集まれば道路の作り方を知っている人くらいいるだろう。と始めたそうです。

初めは嫌がっていた人たちも、自分たちで道を作る喜び、その後打ち上げで仲間と酌み交わす場を得て共同体意識が出来上がったそうです。

村民が作った道には記念に出来た日付を入れるそうです。古代ローマ帝国でも私道がたくさんありましたが、同じようにモニュメントも立てたそうです。

そこでは巨大な浄水施設は建造せずに、戸別に簡易的なものを取り付けたそうです。

他の自治体では補助金でそれを建て、赤字を止めることができない。等と話しておりました。

 

どうも歴史とは色々な力学が混じりあいとても面白い様相を見せてくれます。

最近は非線形科学、というものを少し勉強しています。新たな観点を得た気分です。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です