雑記43 – 優生学

優生学という学問の視点から物事を見てみたいと思います。

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて流行した学問で、先進国の間で広がりました。

恐らく現代におけるエコロジーのようなものだったのかと思います。

 

提唱者はイギリス人のフランシス・ゴールトンという人で、「種の起源」を記したチャールズ・ダーウィンのいとこにあたる人です。

ダーウィンは著書の中で、自然淘汰が当然の自然環境において、人間の世界だけが高度な医療や福祉政策によって

不自然な状態になっていることを指摘します。

その考えを発展し、どうしてゆけば人間はより良く発展して行けるのか?という事を学問にしました。

 

最終的にはホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)に利用されてしまい、その後は衰退しましたが、生物学に統計学的手法を取り入れた事は評価されています。

近年では分子生物学や遺伝子工学の観点から見直しがされているようです。

 

この思想の面白いところは当時の保守派(右派)にもリベラル派(左派)にも大いに受け入れられたことだと思います。

これを勝手に量子力学的な解釈に当てはめてみました。

光の反射について以前書きましたが、量子力学では反射面全てにおいて光は反射しているものと仮定し、グリッドで区切られた各場所の

ベクトルを求め、そこから最終ベクトルを求めることで光の反射を記述しました。

それにより古典力学よりもより近似で光のふるまいを求めることができました。

そして、逆向きのベクトルを生成する箇所を削ることにより最終ベクトルはさらに強くなり、結果光の反射率は増します。

その応用技術がCD等の盤面で、一定に削られた反射面はそうではない反射面に比べて反射率が高くなる。という古典力学では説明ができない現象を説明できるようになりました。

 

この考えは保守派的な優生学の見方に繋がるかと思います。

削りとることで特定のベクトルを抽出し、最終ベクトルを求める。要するにホロコーストです。

光のふるまい、という自然現象の説明では確かにそれは理にかなっているように思いますが、人間には当てはまらなかったようです。

そしてリベラル派の考えるものをそれに当てはめると、ベクトルをねじ曲げて最終ベクトルを強化する。ということかと思います。

どうも光のふるまいではそちらのほうがより不自然です。

 

ここに存在するのも、人間の脳の過剰な介入。というものがあるように思います。

こうしなければならない、昔からこうだった。よく聞くセリフです。しかしそこで言われる昔とは大抵数十年、もしくは数百年です。

人類の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史から比べるとほんの一瞬です。

 

右や左という概念が生まれたのは近代に入ってからで、そもそも議長から見て議会席が左右に分かれていた事に端を発します。

当時のヨーロッパでは中世の階級が生きており、それに対する反発、そして奴隷のように虐げられる労働者の力が加わり大きなうねりを生み出しました。

フロンティアスピリッツに燃え、力強くアメリカ大陸を開拓して行った当時のアメリカ人に対して、となりの芝生を羨んだ部分もあるかとも思います。

その反発する力というものは、当然ながらに当時の社会構造を破壊しようというもので、そしてまた当然のようにそれに対して反発が起こります。

 

なので、同じ軸で反発しあう力、という図式が出来るかと思います。

力が加わり、原点からプラスだかマイナスだかに点が動くと、元々原点にあったものがそれに対する斥力もしくは反発力のようなものが働きその反対方向に

向かう点が生成される。

ただ、歴史を見ていると面白い点は、その原点の位置、0の地点が時代の変遷と共にずれて行くように見えます。

 

反発する力、で思い出しましたが、以前捕鯨問題を書きました。

その問題を加速度的に進化させて行ったものにも反発力が入っていることを感じます。

人間原理主義、というものがあります。その名のとおりこの世の中は人間が生まれ、発展してゆくために出来たものである。という考えに立脚します。

以前紹介した「ポスト・ヒューマン」という本はそれに当たるかと思います。有名なホーキング博士もそのようです。

そして、自然原理主義という考えもあります。それは自然に対して人間が過度に手を入れるべきではない自然を定義します。

相反するようにも見えますが、実は同じ考えでもあります。

自然原理主義は人が手を加えてはいけない自然と、いくらでも手を加えて良い自然を生み出します。

なので、鯨は傷も付けてはならないが、牛や豚は遺伝子をいじろうとも、加工して賞味期限が過ぎたら廃棄することも構わない。というものです。

結局どちらも人間原理主義になります。

 

そう考えると、以前科学者が言っていた言葉をようやく理解できます。

現在の科学を老婆に例えて話していました。夜道の街灯の下で捜し物をしている老婆に、そこで何か落としたのですか?と聞くと、ここではないけど

大事な指輪を無くしてしまって、ここしか見えないからここで探している。というものでした。

なるほど、電磁波は波長によって様々な言い方がされますが、可視光線はその中の極々一部だ。

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