雑記45 – 工学という観点から

最近は今更ながらにZBrushにハマっていますが、久しぶりに雑記を書きます。

ちなみにZBrushで作っているゴリラは今こんな感じです。

image798l

まだうまくディテールが作ることができません。皺や毛穴で誤魔化しています。

新たに知ったコンポジットを試してみたいと思います。

 

本題です。

どうも色々と検証してゆくと、日本という国が持つ特異性の顕著な部分は工学ではないか?という思いが強くなってゆきます。

そもそも、世界で初めて大学の科として工学を設立したのは日本が最初です。

明治の当時西洋文明に手っ取り早く追いつくことを目的としていた日本は、その技術の実際的な面を持つ工学を主体に取り入れました。

「思想なんて難しい物は俺にはわからないから、ちゃっちゃと要点を教えてくんな!」という江戸っ子の声が聞こえてきそうです。

 

西洋では科学が主体でした。

階級制度の厳しい西洋では、ブルジョアが嗜みとしてそれを学び、庶民が使う技術として生かされるにはそれなりの年月を要したようです。

それに対し、日本では各農村に鍛冶屋がいて、個人の注文に応じて農具のカスタマイズを行っており、現場レベルの技術に主眼が置かれるようになりました。

それを持って、現代社会で自動車会社や電機会社が多い。という人もいます。確かに国土との比例では圧倒的にそれらの会社は多いです。

しかしそれだけではなく、今昔物語にも皇太子がからくり人形を作り村に襲った飢饉を救ったりもしています。

どうも太古の昔からそういったものが好きなようです。縄文時代の火焔土器などを見ても、どう考えても実用性の無いそれは、作り手の喜びのようなものを感じさせます。

 

西洋ではキリスト教が流行る以前から、現実というものは絶対的なものからの照射によって確立されている。という考えがあり、要するに明確な思想がありました。

キリスト教の流行で科学の進歩が遮られた、という人もいますが、大きく考えるとむしろ躍進させる機動力になっているように思います。

その後アンチキリストの流れが出てくると、それがさらに加速されてゆきました。

 

そういった思想のない日本においては、水を吸うスポンジのように西洋文明を取り入れました。

大した自我もなく、思想もない国民性はしばしば他国から軽蔑されるようです。

養老孟司さんもどこかで書いておりましたが、西洋文化圏で新聞を読むと日本のことが書かれている記事を良く見かけたそうです。

その記事の大半は半ば馬鹿にしたような感じで書かれているものが多かったそうで、欝陶しいので仕舞いには読まなくなったそうです。

どうやら西洋からみると日本という国は、真面目に勉強しているがクラスで一番ではなく、能面のような無表情で、いつもはおとなしいくせに怒らせるとキレる。

いわゆるいじめられっ子、という感じの印象のようです。

 

しかし、それは悪い面を取り出しているだけであって、物事には良い面もあれば悪い面もあります。

自分の感情を無闇に出さずに、周りの人を優先させる。それを日本語では奥ゆかしい、と言います。日本では美徳の一つです。

 

先日の震災でも海外では暴動が起こらない、略奪が起こらないことに驚いています。

なにせ日常で学校に警察官を配備していない国なので、当たり前です。と、言ってやりたくなります。

 

ただ、そういったものが近年崩れて行っている事も感じます。

村社会の崩壊、無縁社会というものです。

自分の幼い頃は村社会が当たり前に存在し、窮屈でもあり、反発心も抱きました。

しかし、いざ無くなってみると随分と寂しいものです。

けれども大きな喜びや大きな不幸があると、突然それらが湧き出す事をしばしば見受けます。

海外では流行することのない村社会的なゲームが、日本だけで沢山売られていることを見ると、やはり皆どこかで望んでいるんだなぁ、などと考えてしまいます。

 

良い悪い、という一元的な物の見方でなく、それを個性として受け止めれば良いんじゃないか?と思います。

そうすると、信じる、と言う事と、諦める、という相反した二つのものが自然に同居できるように思います。

同軸上の二つの点が中程の一つの点を中心に回り始め、やがて対流となり乱流となる。

非周期的な運動のそれは一見不安定だけど、不安定という状態で安定している。それをアトラクターと言い、カオスが発生します。自然界の叙述だと思います。

なんだか意味不明ですが、何となくしっくり来ます。

 

それは個性なんだから、諦めよう。そして信じよう。そう思ってしまいます。

 

偉そうに書いていますが、スポットライトで照射した極々小さい範囲の知識を元にして書いているだけです。

尤も一人で全世界の万巻の書を読み、尚且つ各国を歩きまわり、全ての知識を身に付ける事など個人では到底及びません。

そもそも人間にはバイアスがかかっているので、知ったことと覚えていることは必ずしも同じではありません。

 

書かなくっても良いなら、書いても良いんじゃない?位の気持ちで書いているだけです。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です