雑記55 – 経済活動

経済活動というものを考えてみます。

 

少し前の話ですが、政治家の人が言っていました。「こんなに自動販売機が氾濫している国、というものを考える必要があるのでは?」
それに対して内閣の大臣は「それに携わる人が沢山おり、立派な経済活動の一環である。」というようなことをやりあっておりました。

 

別段どちらの肩を持つとか、批判をするとかではなく、それらの発言は考えていることを端的に表現できるように思いました。
簡単に言ってしまうと、ムダと必要の話になるかと思います。そのどちらも人によって異なり、全く真逆になることもしばしばかと思います。

 

度々登場していただいて申し訳ないのですが、養老孟司さんの言葉を思い出しました。
そもそもオリンピックという極端に脳化したものを運営するよりも、適度に運動して働けば良いだけの話ではないか?と、そんな感じだったかと思います。
そんな無駄なことをわざわざ大金かけてやるよりも、都会の人は逆参勤交代をすれば良い。とも言っていたかと思います。

 

逆参勤交代とは年の半分を都会で過ごし、また半分を田舎で肉体労働をする。というものです。
思えば都会では最近特にジョギングしている人を多く見かけます。そんな無駄なエネルギーの使い方をしないで有効に使うべきだ。ということでもあるかと思います。

 

そこにも経済活動、というキーワードが隠されています。
そうやって運動する人はグッズを買います。それらを作る人がいます。これも立派な経済活動、ということになります。
恐らく世が世ならば、この非常事態に怪しからん。と切り捨てられてしまいます。
そういう自分はゲーム業界という、真っ先に切り捨てられそうな怪しからん業界に所属しています。偉そうなことをいう資格はありません。

 

その立派な経済活動、というものをまた違うところで見てみます。
最も生命に必要な食料、という観点で見るとさらに社会の構造が浮かび上がります。
現在コンビニなどで売られている弁当やおにぎりには大量の保存料が含まれます。保存料、というと聞こえは良いのですが、
要するに細菌という生命が食べにくくするために毒を入れる。という事です。細菌の毒は人にとっては毒ではない。本当でしょうか?
目の前の水の入ったコップに、国の設定した基準値だから、と保存料、農薬を目の前で入れられその水を飲むことは出来るのでしょうか?
都市伝説のようでにわかに信じがたいことですが、富士山の樹海で発見される遺体に胃袋だけが腐らずに残っていて中にコンビニのおにぎりが入っていた。という話があるそうです。
その話自体は信用なりませんが、そういったものが及ぼす効果、という点ではあるようにも思います。

 

では、なぜそういった事が起こるのか。
食中毒、という比較的単純な因果関係で結ばれがちなものを防ぐためなのだと思います。もちろんこれも確率の問題で完全にそれが原因、という事は言い切れません。
逆に同じものを食べた人たちが同じ症状になったとしたら、それが原因でない、とは言い切れなくなります。
それに比べると、癌やその他の重い病は単純な因果関係で説明できません。
PL法というものがあります。生産者責任、というものです。買った側ではなく作った側に責任がある。という事です。
もちろん消費者を保護する必要はあるので、そういった類の法案は必要だと思います。
しかし、あまり極端にやってしまうと、それを恐れるあまりにより一層の害をもたらす。という結果になります。

 

国の基準値、という点では以前DDTという農薬は国の認可を受けたもので、世界的にもノーベル賞を受賞するほどの発明でした。
現在では有害な環境ホルモンとして、長らく分解されずに残ってしまう。ということで製造すら禁止されています。
実験では、たくさんの虫がいる場所にDDTを撒いたら虫がいなくなったそうです。しかし翌年その場所に蝶やトンボと言った虫はもどってこなかったそうですが、
蚊や蝿はもどってきたそうです。
日本では戦後アメリカからの要請を受け、アメリカ産の化成肥料と農薬による農業に切り替わりました。
それらを使って農業を行うと、それ以前と比べ収量が安定し一見すると収穫量も増えているように見えるそうです。
しかし、土壌は確実に変化し、本来の地力を失ってゆく。と唱える人もいます。アメリカではそれでも地面が広いので大した問題では無いようです。
しかし、確実に砂漠が増えていることも事実です。日本での昔は当然のようにいた生物が絶滅の危機に瀕しています。

 

それらの薬を使うことで、それを売る会社や農協が儲かります。さらにはそういったものの使用で増えた病人を診る医者も儲かります。
なるほど、人間の体も含めた自然から搾取することで魔法のようにお金が発生する。これが立派な経済活動ですね。と、言いたくなります。

 

紀元前8千年頃にヨーロッパに伝わった農業は毎年約1キロというペースでヨーロッパ全土に広がったそうです。
それが意味することは人類は農業を快く受け入れなかった。という人もいます。
農業の普及以前と以後では、その骨から健康状態を知ることが出来ます。狩猟時代の人のほうが体格が良く、健康状態も良いそうです。
もっともそういった人でなければ生き長らえなかったのでしょうから、当然といえば当然です。
しかし、農業が格差をもたらし、多くの人の命を救ったが、多くの人を苦しめたのも事実だと思います。

 

近代でも石器時代と変わらない生活をしている人々の健康状態はとても良いそうで、それなりの幸せを享受しているそうですが、
大きな病にかかったら大変なのだろうと思います。
以前司馬遼太郎さんが記者の質問に対してこう答えていました。江戸時代に行けるとしたら、行きたいですか?
それに対して司馬さんはしばらく考えた後に、歯医者がないからいやだ。と言ったそうです。
古代の風習は現代から見ると受け入れがたいものが多く、古代ローマでは尿で歯を磨いたりもしたそうです。
現代に生まれて良かった。などと思ったりもします。
無理して昔に戻そうとすることは体に毒です。かといって現代の都市生活もそれなりに病的だと思います。
もっと程々のところに落ち着けないかなぁ。大変なこともしたくないが、あくせく働きたくもない。そんな不純なことを考えます。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です