雑記69 – 立派な経済活動を探す その2

前回立派な経済活動を探しだそうとしたのですが、途中で寄り道をしてそのままどこかに行ってしまったように思います。
探す立場から探される立場になったようです。

 

近代日本において、経済発展が目覚ましかった時代といえば、高度経済成長期が挙げられます。
この時代、モーレツ社員や企業戦士等と会社に対して滅私奉公するサラリーマンを礼賛する言葉が流行りました。
現在50代、60代を迎える方々ですが、最近都会では50代、60代男性の孤独死が増えているそうです。
皮肉なことに、その方々の遺品整理などをする会社が大層な勢いで増えています。

 

家庭を省みず、会社に奉仕し、現在の日本の成長を築き上げた。
合理化、効率化、それらが流動的な経済をより一層加速させてゆきました。
そして、死して尚その立派な経済活動を支えるために一役買っているようです。何とも切なくなります。

 

どうも、子育てと農作業をしていると、共通する部分があることに気が付きます。
どちらも大人の考えを当てはめると、とんでもない間違いを犯す。
自分の都合が良いように物事を進めようと、ついイライラしてしまうことがありますが、相手は知ったことかと、気ままに振舞う。

 

現代農業では、窒素、リン酸、カリ、という三つの要素のみで土の栄養を語ります。
確かに重要な要素ではあるが、それ以外のものを見落としすぎているところに問題があります。
化学肥料を投入すると虫が良く付きます。人間でいうところの肥満、でしょうか。
だから、農薬で退治します。簡単な因果関係を結び、大地を工場化してゆきます。

 

都会では、火葬場と保育所を作るのが難しいそうです。
気味が悪い、ということと、うるさい、という理由だそうです。一体どこで子供を育て、どこで死ぬべきでしょうか?
病院では、産婦人科や小児科の先生が減っているそうです。訴訟問題に発展する確率が高い上に、仕事内容もハードです。
そして、死亡診断も責任問題が大きく関わってくるので、出来るならば病院で死んで欲しくないようです。
しかし、現代では病院以外で死ぬと警察が出てきてしまいます。

 

前回と同じような終わり方になってしまいますが、養老孟司さんはこうも言っていました。
都市化が進み、自然を排除してゆく現代に対して、「生まれないで、死なないでくれ。」
どうやら、これは養老さんが我々に言っている言葉、というよりも、上記の事を踏まえると、我々が我々自身に言っている言葉のように受け取れます。
別に悲観的な話を書きたいのではないのですが、そんな感じの文章になってしまったように思います。
また脇にそれたような気もするので、また再度挑戦してみます。

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