雑記70 – 江戸時代の経済活動

ちょっと切り口を変えて、江戸時代の経済活動を見てゆくことで、現代を見ると面白いかと思いました。
江戸時代、大きな経済活動の支えとなっていたものに、参勤交代が挙げられるかと思います。
毎年繰り返される行事で、それぞれの国(藩)の殿様がお国と江戸とを往き来します。

 

ことの初めは、藤堂高虎あたりのおべんちゃらだったように記憶しています。
年始の挨拶に、将軍に謁見したのがきっかけだったかと思います。
他の殿様も将軍のご機嫌を取らねばならぬ、と我先にと江戸を目指したものが、やがて形式化され、制度化されてゆきます。
「赤信号、皆で渡れば怖くない。」が、「赤信号、皆でわたらなければ怖わい。」となったようです。

 

始めのうちは戦国の風習が濃く残り、速度も行軍速度なみで、弁当も手弁当か現地で狩猟して自炊するのが主でしたが、
太平の世が永く続くので、馬鹿らしくなり、農村で分宿するようになったようです。
農村も始めのうちは困ったようですが、毎年決まってあるとなると、話が変わってきます。
その内にそれを目的とした商売が始まり、宿場町が出来上がります。

 

大名行列は、内側と外側が存在し、内側とは実際にその藩に所属する人を示します。
全体の1割程度がそういった人達のようです。その身の回りの世話や、荷物持ち、行列自体を着飾るための人たち、
といった具合に、どんどんと行列は大きくなります。
大きな行列では5千人にも上る、それらの人たちを宿泊させるので、場合によっては、現代の金額にして一日で数億円にも上る経済活動が生まれます。

 

当時は幕府の意向もあり、日本に橋は余りありませんでした。
橋があると、行軍速度が飛躍的に上がります。無ければ下がります。謀反を企てる国が容易に江戸へと出府できないようにする為です。
ちなみに、日本人の姓で、「橋」と付く名前が多いのもそのためで、当時橋はランドマーク的な存在でした。
多数の船を横付けして、その上に板を載せて作った橋を船橋と呼びました、簡単な杭の上に板を載せたものを板橋と呼びました。
地方の国では、橋を一つも作らない国などもあったようです。その場合渡し舟を利用することになります。
そして、当時の大名行列は、天候に大きく左右されました。水かさが増すと川を渡ることができなくなります。
行列は停止するしかありません、すでに宿場に慣れた行列が野営できるわけもなく、いたずらに宿場町で時を過ごします。ここでも大きな経済が生まれます。
行列が国にとどまってくれると、その分お金を落とします。だから橋を作らない。
これだけ大きな経済活動なので、将軍も廃止が出来ません。利権が絡むと魑魅魍魎が跋扈するのは、今も昔も変わらないようです。
制度化に際して、将軍家が各国の力を削ぐために行った、という説もありますが、定かではありません。

 

そして、当時のお金は、金、銀、銭とありました。
これは単位が上がると、質が変わるのではなく、相手によって変えていました。
庶民に対しては、銭で払います。一般武士、大工の棟梁などには銀で払います。上級武士や贈り物としては金を使います。
金は実際に使う、という貨幣ではありませんでした。
そして、それらを運ぶために多くの人が雇われることになるので、更に経済活動が促されます。
それらの通貨に対して、一元的に通用するものがありました。それが米です。

 

司馬遼太郎さんは、米の自由化が叫ばれていた当時、哲学的な事も含めて議論をしなければならない。と仰っておりましたが、そういった事実を根拠にしているのだと思います。
地域によっては薬としても用いられていいました。
ちなみに、当時江戸病、という病がありました。現代医学では脚気と呼ばれます。
各国で収穫される米は、堺、江戸に税金として集まります。そのため、地方では米を作っていても食べられることは少なく、雑穀を食べていました。
精米された米は美味であるが、栄養は少ない。石油のない当時、トラックがないので、都会にいて新鮮なビタミンを取ることは困難でした。
江戸にゆけば、白米が食える。という理由で大名行列に参加することを喜ぶ人もいたそうです。
当時、江戸病がなぜ起きるのか解明はされていませんでしたが、解決策は現在と同じです。田舎に帰って養生する。
田舎に変えれば、栄養豊富な雑穀と、新鮮な野菜が食べられます。自然に脚気は直ります。

 

話がそれました。
どうやら司馬さんに対して、現代から一つの答えを言わせていただくと、「現在ではお米は10kg3千円、下手をすれば2千円で買えるくらいのものに成り下がりましたし、
小麦の自給率は10%程ですが、麺や、パンとして食され、米よりも若者に人気ががあります。小麦は外国から輸入したものを陸揚げする際に薬品で燻蒸し、虫も食べないようなものを美味しく頂いているので、大丈夫です。」
と答えるべきなのでしょうか?どんな顔をするのでしょうか?

 

現在、基軸通貨がぐらついています。
そもそも、一つの定規で全部を測ろうとすることをもう少し考えてみても良いんじゃないかな?等と思ってしまいます。
TPPでは、農作物に同じ事をすることになるのだと思います。地産地消、人間の体はその場所で作られたものを食べることが一番の薬になる。そういった考えもあるのですが、いかがでしょうか?
そんな事をいっても、立派な経済活動の前では、やはりラッダイトや、反進歩的左翼主義者だ、といわれて終わってしまうのでしょう。
ただ、世界的に起きているその反作用のような反応も見受けられるように思います。それらが、ティーパーティーなり、緑の党なのか、とも思っております。
どうして極端になるのだろう。不思議ですが、そのメカニズムだけなら非線形で表せます。しかし、やはり「なぜ」という疑問には答えられない。

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