雑記88 – 複雑系

最近は脳科学と複雑系にハマっております。
脳もその系は複雑系に含まれるものなので、同じものであることが分かります。
対象物の問題か、観測者の問題か。
個人的には、どちらがどう、という場合は大抵どちらもそれなりに、という考えを持つようにしているので、この場合も恐らくそんな感じだろうと思っております。

 

では複雑系とは何か、その質問に対して、そもそも一言で済む話であれば、それは複雑系ではない。
と、言われる方もいます。まさしく仰るとおりで、ややこしい。
そして、きちんと説明しようとする人でも、
ある系が複数の要素からなり、各要素は各自のルールで振舞うと同時にこれらの要素は互いに相互作用する。
と説明される方もいます。
要するに、色いろあるんだよ。ということくらいしか一言では説明できない。
なので、一回で説明する気もありませんし、それ程大した知識を得たわけではないのでできない。

 

ただ、複雑系、というものを知ってゆくと物理学者の方が書かれる本に対する疑問点が分かったような気がします。
系(システム)の状態は大きく分けると3つになるそうで、閉じた系、開いた系、独立系、と存在するそうです。
ただ、この独立系というのは前の2つがあるならこれもあるだろう。と作られたように感じてしまいます。
 

閉じた系とは、外界とエネルギーの交換はするが、物質の交換はしない、というもので、
開いた系とは、外界とエネルギーも物質も交換する、というものです。
因みに独立系とは、外界とエネルギーの交換も物質の交換もしない、という系です。

 

では、何がそれに当たるのか、細胞というものを例にとって説明したいと思います。
細胞はその系で言うと、閉じた系です。もっと正確にいうのであれば、近似で閉じた系です。
細胞は外界からエネルギーを取り込み、それを使用し、排泄します。
これは生命というものが外部からエネルギーを取り、それを使用し、形態を維持する、という機能が備わっている構造であることから、
散逸構造で、非平衡開放系である。とも呼ばれます。
では、その両方を持っていると生物か、というと、人類の知る限り、数世紀にも及びその形状を維持している木星の大赤斑も生命だ、といえてしまいます。
そして、その生命が平衡状態になるときはどんな時か、というと、生命が死んだ時です。
生命が死ぬと、その構造は徐々に失われてゆきます。
分子レベルの分解が働き、形を留めていられ無くなります。要するにエントロピーの増大則に従って、やがて消滅する。

 

その細胞が単細胞生物であれば、それはその生物の死を意味します。
しかし、我々のような多細胞生物にとって、それは新陳代謝を意味します。要するに成長、修復作業の一環でしか無い。
それは、細胞を閉じた系として捉えた時の現象であって、もう一段上の閉じた系である、生命体から見ると全く違うものが見えてくる。
そして、我々は外界からエネルギーを取得しますが、実際には物質も取得しています。
本来外界から物質を取得するのに最も適した方法は、直接融合することだと思いますが、
恐らくそれをすると、分子レベルでの不可知のものに対して対処しきれない。という理由から捕食、という行為が加わり、
余計であろうと思われるものを排泄しているのだろうと思います。

 

全体から見ると、それら物質の交換が小さいものだ、という考えから閉じた系、となったのだと思います。
地球も太陽光線によりエネルギーを得て、赤外線という形でエントロピーを外界に放出している、とされております。
そこに落ちる隕石や宇宙線は小さいものなので、近似で閉じた系、となっているようです。

 

どうもこの辺り、勝手に閉じさせてしまっているのが、自分にとって大きな疑問点になっているように思います。
そして、閉じた系として計算すると、ある程度計算可能な部分がある。要するに秩序だっている。
しかし、必ずしもそれが咬み合わない。どうやらこの辺りは、秩序からカオスの縁、そして、カオスへと移り変わる相転移、という現象が大きく関わっているように思います。

 

ともかく、今までの科学というものは、決定論と要素還元論という2つの軸を持ち進化して行きました。
決定論とは、ニュートン力学のような方程式で未来の状況を予測する、と簡単に言ってしまうとそういったもので、
要素還元論、とは物事を分けてシンプルに考える。というものです。
そういえば、養老孟司さんもどこかに書いておりましたが、解剖学に置ける近代化は、骨をバラバラにして書いたことに始まる。というような事を書かれておりました。
それ以前のものでは、「人の骨々」と書かれ、全体の骨格が書かれていたそうですが、要素を分けて観察することで理解を深める、
という流れは、恐らくそういった形で始まっていったのかと思います。

 

思えば、人の理解、という行為にはそういった要素が強いように感じます。
切り分けて、観察、計量することで、理解が出来る。
言ってしまえば、分けるという行為は分かる為の行為で、分かるということは、分けただけでしか無い。ということも出来るかと思います。

 

そして、細胞の話に戻すと、細胞はほっておくとエントロピーの増大則に従い、その形を留めることはない、
しかし、受精卵と呼ばれるものは、細胞分裂を繰り返し、自己組織化が始まってゆく。
さらには分裂した2細胞期や4細胞期の胚をそれぞれ、2つ、4つと分割すると、最終的には2体、4体の成体へと成長する。
そういった視点で見ると、全体は部分の集合だとする、今までの科学では説明がつかない。

 

うーん、複雑系、知れば知るほど分からない。ということしか分からない。分からない、ということがよく分かった。
またまた面白い。

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