雑記96

うーん、難しい、、
頼まれているわけではないので、書く必要もないのですが、
散らかしたものは片付けなければいけない。そんな気持ちで書いております。

 

明日生きている保証の無い人間である自分には責任を取ることは出来ないが、
けじめを付けることくらいは、生きている限り出来る。そんな気持ちです。良くわからない。

 

今までさんざん書き散らしておきながら、人に読まれている、という意識がありませんでした。
アクセスカウンターのようなものはあるのですが、見方が良くわからないし、余り信用していない。
しかし、インターネットでやっている限り誰かに見られている。もちろん見ていただくためにやっている。
矛盾している。
あまり意識がないと、便所の落書きに成り下がる。
しかし、意識しすぎると、「ちゃんとしなきゃ」という思いが生じ、より一層できなくなる。
元々ちゃんとするのが苦手だ。

 

本来は雑記を通して今の社会のありよう、現代の矛盾点を見てゆこうと思っていたのですが、
色々と知ってゆくうちに、それらはどうでもいいことであることに気がついてしまう。
しかしそれは、投げやりとか厭世的とか、そういったベクトルではない。
人工の物が悪く、自然の物が良い。そういった事に対しても、根拠がない。ということが分かる。

 

前回の話で言うと、ビタミンCは体に良いのか。という話を出しました。
同じように、納豆は体に良いのか、という事を問いただしてみると分かる。
歴史的な根拠、科学的な根拠、どちらにしても歴史が浅い。
生命が誕生した約35億年前にはそんな物があっただろうか。
人類が誕生した20万年前にはどうであろうか。どちらにしても変わらない。

 

人間の平均寿命、恐らく世界的なもので約60数歳だと思うのですが、
それを直列につなげて考えた人がいます。要するに一人の人が60数歳で死んだら次の人の時代、という感じです。
約800人もつなげると優に5万年、これは解剖学的に現代の人間と変わらない、とされている時代です。
そのうち650人が洞窟ぐらし、しかも日本では、戦国時代はおろか江戸時代でも地方の農家では
竪穴式の住居に住んで地域もあったといわれております。そう考えるとヘタをしたら後ろから数人以外が家屋ではない。
そして、後ろから数えて70人目でようやく意思の疎通が出来るようになり、正確な時間は4人目、電動機は2人目。
なるほど分かりやすい。

 

自分は計算が苦手なので、100歳単位で同じ事を考えていました。現代においては100歳を越える方々が多くいらっしゃる。
そう考えると2人目で既にちょんまげを結っております。
その方々に整列してもらうと、21人目でキリストの顔が見えてきます。もう少し下ればソクラテスさえも見えてくる。
歴史的な根拠、何とも浅はかであることが分かります。
しかし、だからといってそれが全く間違いか、というとそうでもない。それがより面白い。

 

面倒くさくなったので、今日はこの辺にしておきます。

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