雑記14

この記事で、ようやくフォトショップのスクリプトが流されます。

随分前に書いたソースが原因で、ページの読み込みが遅くなっていたかと思います。

ご迷惑おかけしました。

 

一体何が言いたいのか。結論から言ってしまうと、現代社会の抱える問題、

特に日本においては独自に存在した文化と西洋文明を受け入れた過程にどうも問題があったように思います。

そのあたりを切り分けてみることで、改めて見えるもの、それが日本の特殊性であり民族的な個性だと思います。

 

だからといって、手放しに古きを尊ぶ、という単純な答えでは個人的に納得が行きません。

その辺を掘り下げてみようか、というだけの事です。

 

西洋文明を支えてきた、キリスト教をもう少し掘り下げてみます。

ローマ帝国末期、キリスト教はアタナシウス派(現カトリック)とアリウス派に別れて対立していました。

アリウス派が主張するのは、神とキリストと精霊は別の神性を持つ、ということでカトリックが主張することは三位一体、

全ては同じ神性にある。というものでした。

争いの果てにアリウス派の神父が殺害され、ぶつ切りにした肉片を犬に食べさせたそうです。

 

幼稚園で祈りのことばを聞いたときに、最後に「父と子と精霊の御名において」と聞きましたが、

2000年近い時を隔てて未だに釘を刺すように主張する姿に、呆れもしましたが感心させられます。

 

そのキリスト教カトリックがローマ亡き後のヨーロッパを支配しました。

そのカトリックの人達は自堕落なローマ人を反面教師としたため、規律が厳かったそうです。

ローマ帝国衰亡期、ローマ人もキリスト教に入信する人が増えたそうです。個人主義の台頭によるコミュニティの機能低下、

度重なるゲルマン人の侵略、様々な要因が重なりローマ帝国は衰亡します。

そんな時に、選民思想を元にした、信ずるものは救われる。現在の苦難は神の思し召し。

という考えが当時の人達を絶望から救った、あるいは目を逸らさせたようです。

 

そんなキリスト教支配が1000年続き、ヨーロッパの二箇所で疑問が爆発します。

一生懸命教えに従っても、1000年経っても対して人間は変わっていない。

イタリアでは十字軍遠征によりアジアから逆輸入された古代ギリシア哲学、幾何学とともに古代ローマの歴史や法律が知識として入ってきたそうです。

そこから古代ギリシア、ローマ文明を見直す動きが始まり、ルネッサンスを生み出します。

一方ドイツでは、群雄割拠による戦乱が続き、重税に喘ぐ農民が苦し紛れで買う免罪符の効果を疑問視し、

教会を通さずに神と個人が直接契約すれば良いじゃないか、と宗教革命が起きます。

 

考え方の多様性が生まれたのではないでしょうか?

しかし一つの固定点を想定している相対的なものだ、とも言うことが出来るかと思います。

 

キリスト教カトリックの無茶なくらいに冒険的で、献身的な布教活動が世界各地で様々な化学反応を誘発しました。

それが良いものなのか、悪いものなのか、歴史はやり直しが効かないので分かりません。

しかし、宣教師個人個人を見ると人間としてとても立派な人が多いと思います。

 

どうにもやはりそこにあるのは、一つの思想、精神により教育された重厚なものがあるように感じてしまいます。

 

また脱線しました。

今回はこの辺にしておきます。

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