雑記15

こちらにpdfで解説されておりました。

うーん、pdfって読みにくいですよねぇ、なんでだろう?

 

ファインマンの光子の振る舞いについてのものです。

 

以前少し書きましたが、ちょっと足します。

古典物理学では地点Aから放出された光子が鏡に反射し、

地点Bに到達する際に、その経路を求めるには最短距離を求めれば良い、ということでした。

 

それに対してファインマンの説明では、全ての可能性を足す、ということでした。

量子力学の解説を読むと、良くある説明が、一つの光子を放出し二つの細いスリットA、Bを通過させようとすると、

その光子はAの経路とBの経路を同時に通過している。という説明があります。

なんだか良く分かりません。

自分の不理解か著者の不理解か?という疑問すら起こります。

※ちなみにウィキペディアではもう少しわかりやすく説明されています。

 

しかし、ファインマンの全ての可能性を足してみよう。という説明には何となく理解ができます。

 

そして、反射でそれを行うと最短距離以外の地点での反射も加味することになり、

それら遠回りする経路は時間がかかります。

それらも含めた、細分化した全ての地点での時間を計り(光は速いのであくまでも仮想の時計ですが)、

その時の針の位置を矢印に置き換え、全ての矢印のおしりと頭をつなげて、最終矢印を求める。というやりかたです。

pdfに書いてあるのがそれです。

 

そのやり方で求められるものは古典力学で求められるものよりも、現実の振る舞いにより近似で近づくそうです。

また、それを複素数の影響、とも言うそうです。

 

なんだか突然わけの分からない話から始まった印象ですが、どうもこの複素数の影響というものが個人的に気になります。

pdfにある、矢印を繋げる方法を見ると分かるのですが、全ての矢印を見てゆくと、古典力学の計算で求められる

最短距離の部分では矢印がほぼ同じ方向を向きます。位置が近いので当たり前のことですが。

それらのみを抽出して最終矢印を求めてもある程度の近似が得られます。

しかし、近似値をより正確にするには端の方のあらぬ方向を向いた矢印も含める必要があります。

 

どうも近代的な考え方とは古典力学的、あるいはその付近の矢印を足しただけのもの、であるように感じます。

人間が物を考える際には、物事を単純化、抽象化したほうが考え易い、というのは当然かと思いますが、

どうやらそれで端折られる部分にも重要なものがある。のかと思います。

 

人類の歴史を見てゆくと、あらぬ方向を向いた人が後々になりあらぬ力を寄与する場面に遭遇します。

あたかも全体の最終矢印を補完する複素数のようにも見えてきます。

もちろん勝手な思い込みで、こじつけである事も否めません。

 

ちょっと気になったので書いてみました。

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