雑記33

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ちょくちょくいじっております。

どうもSculptrisなどのスカルプトツールでは皺やデティールのあるものの方がしっくりと来ます。いまさらですが、、

人がそのものに求める形の要求というのは、女性の場合は幾何学的な美しさで、お爺さんなどの、言い方は悪いですが汚い物に対して求めるものは

量子力学的と言いますか、フラクタルな美しさのような気がしてしまいます。

 

だからポリゴンモデリングやSDSでは女性を作り、スカルプトではクリーチャーや爺さんを作る。と自分で勝手に納得しています。

 

と、言う事で、技術の話をそっちのけにして、絵画という観点で話を進めてゆこうと思います。

言い訳のようですが、物事を見るに際して様々な道具を使って見ると、色々な物が見えてくる。それの手助けになれば、と思います。

簡単な一例を挙げると、近年流行でもある維新の志士達ですが、言い方を変えるとただのテロリストです。

では、現代のテロリストとの明確な差は何か、となると一番に挙げられるのは武器の殺傷力だと思います。

同一性を求めるのであれば、国を守る気持ち、大事なモノを守りたい気持ちだと思います。

 

話がそれました。

 

自分は幸運にも数年間に渡り、現代では西洋でも教えている所が殆ど無い、というアカデミックな西洋絵画を学ぶことができました。

ただ、あまり身になっていないのは自分が自堕落なせいです。

そこで学んだ事というのは自分にとって新たな視点となったので、書いてみようと思いました。

 

そもそもその学校では、いわゆる芸大を卒業した方々が講師だったそうで、戦後まもなくしてできた学校だそうです。

そして、その講師陣が母校である芸大を否定しているところから始まっているそうです。

明治が始まり、日本に本格的に西洋絵画が入ってきました。始めのうちは地味ではあるが順当に技法が伝わったそうです。

しかし、身分の高い人が西洋で印象派、と現代で言われる人たちの技法を持ち込み、アカデミックなものを駆逐していったそうです。

 

そもそも西洋絵画とはどこに立脚しているのか、ということですが、このサイトでも書いたかと思いますが、元はギリシア、ローマで、その後キリスト教により発展してゆきました。

ギリシア、ローマでは、絵画以上にモザイクや彫刻が一般的でした。油絵具のように永く残せる材料が無かっただけに当然の結果だと思います。

自分は石膏像しか見たことが無いので、実物を見たことはありません。

実物を見た人の話では、ギリシアの彫刻というものはノミの跡が見えるそうで、表現するものの質感に合わせて、細かくほったり荒くほったままで済ませたりするそうです。

このあたりは、その後の印象派に受け継がれているように思います。

そして、ローマでは全てを均一化させ、均等に細かく彫ってあるそうです。

このあたりは、そののちに発展するキリスト教の宗教絵画を思わせます。

 

そして、さんざん壊されたにも関わらず、ギリシアローマで作られた彫刻は現代にも存在します。その理由は時代を問わず、ということでしょうか。

ローマ帝国末期、その彫刻文化が衰退します。

顕著な例はコンスタンティヌスの凱旋門にあります。

時の皇帝コンスタンティヌスがローマ人に建てさせたもので、コンスタンティヌスという人はコンスタンティウスという人の子供で、名前が示すとおり

現在のコンスタンティノープルに首都を移した人です。

当時のローマにはすでに凱旋門を作る技術が無かったそうで、すでにある凱旋門からパーツを持ってきて作られたそうです。

なので、いいとこ取りをしているのですが、さすがにそれだけではまずいと思ったのか、新規で作っているパーツもあります。

しかし残念なことに新たに作られた彫刻は、古い物に比べて圧倒的に劣っています。

その後の宗教絵画を彷彿させる、抽象化や記号化が極端に出てきてしまったものになりました。

 

話がそれましたが、当時から西洋では幾何学的な構築美、ということを意識していました。

画面に対して、彫刻の場合は壁面に対して、対角線や等分線、黄金分割などを駆使し、彫刻の目線、手足の位置、体の流れを決めてゆきます。

理由は簡単で、そういった幾何学的なものこそ美の本質だ。と本気で思っていたからです。

そして、そういった意識で作られたものは、安定感があります。

ちなみに西洋が幾何学に傾倒した理由を建築に求めた人もいました。石造りと木造の違いではないのか?ということです。

それもあると思います。

 

学校に通っている頃に幼い頃に描いたとされているピカソの絵を見る機会がありました。

稀にテレビなどで見るものは、すでにうまいものばかりですが、その時見たものは、それ以前のはじめたて、のような絵でした。

技術的に稚拙な部分が散見されるのですが、構築美、という観点ではすでに出来ています。

日本人では絵を描くことがいくら上手くなってもこればかりは中々真似できません。

恐らく日本人の中には、線は流れるものだ、という解釈があるのかと思います。物語を示すもので、固定位置を示すものではない。と言った感じでしょうか?

 

うーん、最初に書こうと思っていたことと大分ずれました。

めんどくさくなってきたので、今日はこの辺にしておきます。

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