雑記34

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どうもシリーズ化してゆきそうな気がします。

写真を見ながら作っていますが、昔やっていたデッサンを思い出しちょっと楽しくなっています。まぁ、すぐ飽きるのですが、、

やはりレンダリングまで調整したい。と思うのですが、Sculptrisで作られたデータはmodoで編集するには重すぎます。マップが描けない。

mariの出番なのだろうか?などと考えてしまいますが、テクスチャを描くだけに10万円は払えません。

 

さて、前回あらぬ方向に飛んでいった絵画についての話を進めます。

自分が学んだ学校では、三年間を通して朝から昼まで人体クロッキーを月曜日から土曜日まで行い、

一年生は午後に石膏デッサンを一年中描き続け、二年生で色数を限定した油絵、三年生で制限が無くなる。

という、今から考えるとなんとも体育会系の教育方針の所でした。

 

講師が口にする言葉も、「調子」という言葉がキーワードになります。

始めのうちは意味が分からなかったのですが、簡単に言ってしまうとシェーディングのことでもあります。

ただ、それだけではなくより広義な意味合いを持っていました。

このあたりも感覚的なもので、言われていくうちに理解が出来るようになります。

現代日本に残る数少ない身体的なものであったかと思います。

 

劇中のブルース・リーの言葉に、「考えるのではなく感じろ。」という言葉がありますが、現代社会に置いては中々理解されないものだと思います。

ネタとして使われることは多々あるかと思うのですが、理屈ではなく感覚で検知されることのほうが実際は圧倒的に多く、しかも言語化ができません。

 

養老さんがどこかで書いておりましたが、英語の論文を書いているときに、微妙な表現が分からず、ネイティブな同僚に表現について質問をしたそうです。

その同僚が言うことには、英語で表現できないものはない。と言われ、一蹴されてしまったそうです。

西洋文明では往々にして言語化できなければ、それは存在しないもの。という認識があります。

言い方を変えると、この世の現象は全て関数化することが可能である。ということです。

そして、それが難しいことである、ということが大々的に分かってきたのが量子力学の誕生になります。

養老さんが書かれていたことだと思うのですが、ゲルマン人とうものは長らく森で生活していたせいか、そういった感覚的な物を理解する才能があるようだ。

とあり、哲学者や音楽家の名前を引き合いに出し、量子力学の基礎である不確定性原理を生み出したハイゼンベルクを引き合いに出します。

視覚的ではなく、聴覚的な文化があるのだろう。という推察だったかと思います。

 

ああ、また話がそれました。

要するに自分が学校で教わったことは脳的ではなく、身体的なものだった。ということです。

どうにも自然物である、身体的なこととは学ぶのにとても時間がかかります。何度も注意されるうちに言われていることを理解してゆきます。

日本に置いては、それが「型」となりさらに発展して、「道」となります。茶道、剣道、書道、華道、全てに共通するものです。

橋本龍太郎さんとう日本の首相がいましたが、それ以前の首相と違い、外国人と比べてもそれ程見劣りしないのは彼が剣道をやっていたからだろう。

ということも書かれていたと思います。そして、力士や歌舞伎役者も同時にそうであることを指摘します。

言われてみれば、なるほどなぁ、という感想をいだきます。

 

日本においては、そういった型というものが個々の道に付属するものとして成り立っているのに対して、西洋ではキリスト教という一つのものが型を作ります。

なので、大抵の西洋人というものはその型の洗礼を受けるので、考えが一義的になると同時に、立ち居振る舞いが比較的立派になる。

作用、反作用のような関係になっています。

 

身体的なこと、ということで思い出しましたが、人間の腸は脳みそに次いで神経細胞が密集する場所です。

自律神経により制御されたその器官は、人間の意識で制御することはできません。

日本では、丹田と呼ばれへその下あたりを指し、恐らくインドのチャクラから来ていると思いますが、気を引き締める際に意識されてきました。

腹に収める、腹に一物、腹黒い。精神的な苦痛を受けると一番に反応する場所でもあります。

腸は何か考えている。そう考えても不思議はありません。そういった考えも西洋文明ではしばしば否定されます。

精神と肉体は別ものである。という根本思想があります。

養老さんはそれに対して、最後の審判を受ける際に魂がアルツハイマーだと困るからだろう。などと皮肉っていました。

 

どうにも本題からそれ続けるようです。

「何やっているんだ、このバカ。」

「それが分かっているから頑張っているんじゃないか。」

「そりゃ、失礼しました。」

自問自答を繰り返します。さらには、「真面目だなぁ、」などと皮肉る始末です。

 

今度こそはきちんと日本における西洋絵画の話に持って行こうと思います。多分。

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