雑記47

さて、雑記が続きます。

どうも自分の中では養老孟司さんの仰ることを補足したい。という誠に勝手な思いと、反発したい、というこれまた勝手な思いでこれを書いている気がします。

最近書いていることは、ある程度の知識を集めた中で、自分で感じることを通じ、反発の方の事を書いているように思います。

 

なので、そこに到るまでに補い検証する。という動作が含まれております。その部分を排除して書いてみました。

今度は補足の部分を書いてみたいと思います。要するにもう駄目だろう。というような事柄です。

文章としては最初に落としておいてから持ち上げるのが効果的ではあると思いますが、そういった効果を望んでいるわけではないので、こんな順番になりました。

 

話は若干ずれますが、現在電力会社が大慌てです。

以前から省エネを訴え、今度はさらなる省エネを促します。

自分が計測したことではありませんし、随分昔の話なので今もそうなのか知りませんが、家庭用電源は100Vであるのが日本の規格です。

それを計測すると大体115Vから125Vの電流を計測することができるそうです。

それを電力会社に問い合せてもたらい回しにされて結局答えは貰えないままだったそうですが、恐らくもらったとしても予備のため、だとか言う理由が付けられるのでしょう。

その余った電力は機械の電源に若干のダメージを与えるとともに使われることなく消え去ります。そして消費されます。

消費された分だけ上米をはねることができます。個人に省エネを要請するのであれば、無駄な電気を無くすのが先だろう。という話を以前読みました。

まさかこの事態でまだやってませんよね。と確認したくもなりますが、たらい回しどころか黙殺が良いところでしょう。

 

現代文明というものはそのように、個人の力など無に帰するほどの大きな力を持っています。

それは捕食圧、などを始め自然界に存在する様々な困難を排除する。というバイアスによって長年に渡って培われてきたものです。

人によっては、原子力が発明される以前は宇宙から地球に降り注ぐエネルギー量と地球から放出されるエントロピーは同じであった、と指摘します。

人類は数々のブレイクスルーを通り越し、偉大な発明を生み出したとともに、数多くのパンドラの箱を開けたと言っても過言ではないかと思います。

 

以前、諦める、と信じるを同時に持つ。と意味のわからないことを書いたかと思いますが、それを一言で言ってしまうと、覚悟、になるかと思います。

どうもそう言ってしまうと堅苦しいようで、あまり好きにはなれませんが、要するに腹をくくる。ということです。

 

明日も生きている。という確証は誰にもありません。かと言ってそれを心配する必要もありません。

50億年後に太陽が寿命を迎えることを心配している人はいませんよね?来年のことを話すと鬼が笑うといいますが、この場合はどうなるのか楽しみです。

 

ニュースでは科学者が引っ張りだこで、様々な数値を使い憶測を述べています。

そもそも人によっても、環境によっても、状態によっても変わるもので、それこそ非線形であり、完全な予測などはできません。

記者は、正確な情報、ということに拘ります。これも養老さんの受け売りですが(今に始まったことでもありあせんが、、)、そもそもそんな物は存在しません。

その事柄を見ている人が違う、見ている位置が違う。それだけで事実は全く別物になります。

歴史、という観点で見るとそういったブレ幅が良く計測されます。観る場所(視点のバイアス)が違うので当たり前です。

そして、物理学においてはより厳密な計測をするため微分し、量子力学により不確定性原理が唱えられ、計測しているものがあるのだか無いのだかも分からなくなりました。

 

統計学者は実験物理学を羨みます。

実験室という理想的な環境において、同じことを繰り返してデータを取得できる。ということです。

しかし、これもどうなのでしょうか?この世に同じものは二つとなく、同じ場所同じ時間、全て再現不可能です。しかし、それでも細かいことに目をつぶれば大体同じ結果が生まれます。

それはロケットを飛ばすのに、量子力学は必要でなく、古典力学で十分。ということに似ているかと思います。

統計学も1億年くらいのスパンで見るとそうなるのかも知れません。

 

不可知の物を排除し、視覚に大きく頼って世界を見ると、それなりに便利ではあるが色々と間違える。そんな感じではないでしょうか?

人によっては、人間の脳というものは、捕食から逃れるために進化したものであって、宇宙の真理を探るために作られたものではない。だから使う道具が違うのだ。という人もいます。

しかしそう言われると、捕食から逃れることも、真理の一部に抵触しているんじゃない?と聞いてみたくなります。ただの天邪鬼です。

 

そういえばこんな言葉も思い出しました。

本当の危険はコンピュータが人間のように考えることではない。人間がコンピュータのように考えるようになることだ。

ちょっとドキッとさせられます。

 

どうもこのあたり、遺伝子から脳へ、そして前頭前野へ、という流れに一つのヒントがあるように思います。

今度気が向いたら書いてみます。

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