雑記7

西洋文明について少し書いたので、日本について少し書いてみたいと思います。

 

日本は良く村社会である。と言われます。

先日田植えの時期に田んぼを見て思いましたが、

「お隣さんが田植えを始めたからうちもそろそろかねぇ。」

という会話を想像してしまいました。

 

あまりにも田んぼが密集しており、隣近所の田んぼがすぐとなりです。

こんな環境だったから、村社会が出来上がったのではないか?と思っていたら、

それを表現する言葉を偶然見つけました。隣百姓、と言うそうです。

 

以前中国に行ったときに空から日本と中国を見る機会があったのですが、

日本の田んぼは空から見ても、隙間なく作られています。斜面も棚田にして活用しています。

ちょっとしたスペースを見つけると、家があったり、駐車場があったりと、何かがあります。

 

それに対して中国では、隣の田んぼが離れています。

日本のそれは、テトリスのように綺麗に詰まっていますが、中国では大体、という感じが伝わってきました。

大陸気質というものでしょうか?

 

そんな日本も近年は近所づきあい、人付き合いが減り、村社会的なものが消滅したかのように見えます。

しかし、どうやら根深く残っているようです。

 

自分は印刷、ゲーム業界と渡り歩いてきましたが、そういった業界は特に残業が多いです。

早く変えると白い目で見られます。残業していると頑張っている人、という感じになります。

西洋では残業するのは仕事ができない人、と見られるそうです。それも近年変わりつつある、という話も聞きますが。

西洋では有給取得率が100%なのに対して、日本では50%を切っています。

ゲームや映像業界ではさらに低いかと思います。

 

これが村社会です。

養老さんは日本には無思想という思想がある。といったことを書いたように思いますが、

思想という言葉は日本においては、世間と訳すと西洋で言う思想に相当する。とも書いておりました。

これには説明を要します。

 

日本の文化は型により作られたもので、言葉ではなく体で作られたものだ、と書いておりました。

偶然なのかわかりませんが、先日テレビを見ていると、日本語の先生が全く同じことを言っておりました。

師匠からなんどもダメ出しをもらい、やっているうちに、よし、と言われるようになる。

意識で知覚するものではなく、感覚(体)で感じるものだ、ということです。

 

それが積み重なって、道になる。と言うことです。

 

そうやって育まれた日本の文化を明治になり自らの手で壊してゆきました。

元々無いんだから何を恐れることがある。と書いていたような記憶がありますが、定かではありません。

 

明治になり、日本は外国に真似て憲法を定めます。

そもそも憲法というものは西洋が散々苦労して生み出したもので、民衆が権力者、統治者に対して

守らせる約束事、として作られました。

日本ではお上が下々にお達しするだけで、一方通行の政治を続けてきました。

いざ作ってみても、どうもしっくりこなかったようで、教育勅語、軍人勅諭などを作り、天皇から下々にお達しする形を守りました。

 

江戸時代、武家階級以外の人たち(人口の9割くらい)、は政治に関して殆ど興味はなかったようです。

幕末に長崎に訪れた外国人が、日本の商人に質問したそうです。

今後、この国は内乱になるが、お前はどうする。と、すると聞かれた商人は、お武家様のなさることなので、手前どもには関係ございません。

と、答えその外国人を驚かせたそうです。

日本は今も昔も変わらないようです。

 

明治期になり型を踏襲するのは主に軍人の専売特許となりました。

その挙句に戦争へと踏み込みます。

どうやらこの型というものは江戸時代になり大きく形成されたようで、それ以前は少数派だったようです。

現在では体育会系、でしょうか?

 

型を失った明治期の日本は左傾化しはじめました。

どうも勧善懲悪と言った感じが強いように思えます。

そして、その中心取ったのが東大です。

東大の始まりは徳川幕府が、幕末に西洋の知識をより広く取り入れよう、と慌てて作った蕃書取調所というものです。

 

明治になり、国に仕える官僚を育てる機関として振る舞うと同時に、当時の最先端の思想を取り入れることで

必然的に左傾化していったようです。

大正デモクラシー当時は、天皇機関説というものは知識人の常識だったようですが、

その後反政府的な思想の弾圧により、次第に右傾化してゆき、天皇を鉄道の機関と一緒とは何事か。ということになっていったそうです。

天皇機関説とは、会社に例えると天皇は社長だ。と言っている。と解説した知識人もいるそうですが、

その人も天皇を人間と同じに扱うとは何事か。とも言っていたそうです。

 

ちなみに左傾化とは、格差を無くし皆でそこそこ働いて、そこそこの生活をしようじゃないか。

乱暴に言ってしまうとそういう事だと思います。

どうやら歴史を見てゆくとそういったユートピア思想は破綻するようです。

去年辺りは日本でもその流れがあったように思いますが、どうやら最近のテレビ等を見ていると若干右傾化しているようにも見えます。

右傾化とは、今こそ国が危ない、外国を押しのけてでも自国を守らなければ、ということかと思います。

かなり個人的な見解が入っておりますので、詳しく知りたい方は調べてください。

 

ちょっと話が飛びました。

戦後になり、日本の官僚は大活躍をしたようです。80年代のことです。

外国から日本株式会社と揶揄されるようになりました。

少し前に話題に上がった、護送船団方式というやつです。

これを初めて聞いたとき、ヴェネツィアの事かと思いました。

ヴェネツィアはイタリア半島、アドリア海側にある水に浮かぶ都市として有名なところです。

 

ローマ帝国が滅んだ後、一部のローマ人が作りました。

度重なるゲルマン民族の襲撃から逃れるために、ラグーナ(潟)に都市を作りました。

初めは貿易により反映した都市国家で、税金で集めたお金で軍艦をそろえ、それを定期就航させました。

その軍艦に守られるように個人の船舶が引っ付き、商売をしていたそうです。

船を操れる人は船を操り、お金を持っている人はそれにお金を投資する。というバランスの取れた制度だったようです。

 

いくら制度が優れていても、時代は流れます。

日本が滅び行くのか知りませんが、歴史上では衰退期の国が保護政策をとると、その衰退を早めるだけだ。

という定理があるそうです。

ヴェネツィアも大航海時代の幕開け時に新興のポルトガルやスペインに寄港を許さず、商機を逸したようです。

しかし、ヴェネツィアは千年続きました。江戸時代は250年くらいで、現在は戦後65年です。

人と同じで国にも寿命があるといいますが、その寿命は人間の進歩と同じ指数関数的に少なくなるのでしょうか?

ロジスティック曲線、というものを知りました。検索すればすぐに出てきます。

どうも自然の法則、経済の法則などではよく使われるもののようです。こっちの方が納得します。

 

なんだか随分関係ない話になりました。

CGのブログで書く事ではないですね。今さらですが。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です