雑記8

前回の記事での間違いを妻に指摘されました。

現在は戦後65年です。

2010-1945=65

確認のため、わざわざ計算機で計算したにもかかわらず、間違えました。

 

なぜだろう?と考えたのですが、

どうも頭の中で、10年以上前に戦後60年、とテレビで言っていたかな?と

勝手に思い込んでおりました。

 

バイアスがかかっております。

 

バイアスとは重み、で人だけでなく自然界に存在する法則です。

計算を単純にする機能を持ちますが、このように間違えたりもします。

 

少し前に記事で見ましたが、猫や犬だけでなく、魚にも利き方向があるそうです。

これも重み付けがされている。と言えるかと思います。

 

西洋にはビュリダンのロバ、という言葉があります。

ロバというのは西洋では馬鹿な動物、という意味だそうです。

ピノキオもロバになりかけます。

 

ビュリダンというのは話を考えた人の名前です。

その話というのは、ロバの数歩前に二つの等量の干し草の山を等距離に置くと、

ロバはどちらを食べるか決めることができずにその場で餓死する。という話です。

 

何を馬鹿な、と言った感じですが、コンピュータに常日頃接している人には割と身近な事なのではないでしょうか?

コンピュータは重みを持ちません。ループ計算を永遠とし続けます。まさにロバです。

AIを作るプログラマに言わせると、計算を早くするにはバイアスをかければ良い。と言います。

modoのレンダリングも特定のピクセル単位で重み付けされた放射照度キャッシュを使うことで早くなっているのだと思います。

全てに均一の重さで計算するモンテカルロより大抵早く計算できます。

恐らくCGのレンダリングは今後より人間に近づくのだと思いますが、そうなってくると個人的な物の見方、

というものが出てきそうです。

そこにある普遍性というのは統計学なのでしょうか?果たして本当の真理、というものがあるのでしょうか?

どちらも怪しい感じがしますが、どちらにせよ楽しみです。

 

養老さんはこの、重みについて係数aとし、式にすると、y=axとなる。と書いていました。

aに10入っている人、それに興味がある、もしくは好きである。という場合、xに10を入れる、要するに10の事を教えると、

y=10。一言えば十分かる。と言っていたかと思います。

その逆にaが0であれば、xに100を入れてもyは0で、馬の耳に念仏。と言った感じでしょうか。

 

どうもこの重みというものは生命の進化においてとても重要な役割を果たしてきたようです。

それが意味することは、好悪の感情というのは非理論的で、原始的なものだがそれを抜きに物を考えることは不可能だ。

という事になるのではないでしょうか?

 

自分は近代的、西洋文明的、と表現しているものを、養老さんはさらに一歩進め、脳化社会、都市化社会と表現します。

それらの意味するところは、結局のところ自然と乖離してしまった人間。という事だと思います。

生物は大抵表皮面積に比例して脳が大きくなります。鯨の脳みそが大きいのは当たり前の話です。

人間はその比率に反し、脳みそがチンパンジーの三倍ほど大きくなりました。たかが三倍、でしょうか?

 

その脳みそで考える理論的な思考は人間の発展に大きく寄与しました。

しかし、どうにも近似でしか核心に迫れないようです。

自然というものを一言で表現するのであれば、人間が知っていること以外全部。だと思います。

言い方を変えると、人間が知らないこと。となり、さらに言い方を変えると、「私は知らない、という事を知っている。」

と言ったのはソクラテスです。

そして、「この世界の事は、知れば知るほど分からないことが増えてゆく。」と言ったのはファインマンです。

 

ソクラテスは友人が受けたご神託である、この世で一番の賢者はソクラテスである。という事を検証するため、

当時の有徳人に論戦をふっかけ、さんざん打ち負かし、それが元で恨みを買って処刑されたのだろう、と言われています。

 

彼は独自の神を信じてようで、ダイモン(deamon)と言っていたそうです。

それは間違えたことをすると、頭に直接話しかけてくるそうで、現代医学で言うとてんかん発作だろう。という話ですが、

その神の教えを守り、死んでいったそうです。

一昔前はメールアドレスを間違えて送信するとMailDeamonから機械的な返信がありました。

勝手な想像ですが、昔のコンピュータの世界はマニアックで、そういった故事から引用する事が多かったので、

そんないたずら心なのか?と思っていましたが、真相はどうなのでしょうか?

 

話が飛びました。

どうも、この理知的な考え、と感情的な考え、という二つの全く異質なものを結びつけることが人間が今後進むべき道なのでは?

と個人的には思います。

 

うーん、なんだかどれも中途半端で薄っぺらい話で終わった気がします。

元の本があるから自分が各必要は無い。という気持ちがそうなっているのかも知れません。

どれも原典が分からないので、紹介のしようもありませんが。

すみませんが、しばらく備忘録といいますか、考えをまとめるためにこの場を使わせてもらいます。

今しばらくお付き合い下さい。

コメントする

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

トラックバックする

トラックバック用URL:

アニメーションが親切に解説されております

レンダリング、ライティングの基本が分かります

図版が見やすい美術解剖書です